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冊子「『あなたは悪くない』と言ってあげられますか?」のご紹介

性暴力をなくそうキャンペーンの一環として、小林美佳さん、大薮順子さんがつくられた冊子のことが、新聞等で紹介されましたので、こちらでもご紹介させていただきます。

http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=16598より転載
(※冊子の写真もあるので、ぜひご覧ください)

性暴力の実情 冊子で訴え…被害者ら対処法も紹介


性暴力の被害に遭った女性2人が、被害者やその家族・友人などに向けた冊子「『あなたは悪くない』と言ってあげられますか?」=写真=を発行した。

 冊子を作ったのは、被害体験を実名で出版した小林美佳さん(34)と、アメリカを中心に活動しているフォトジャーナリストの大藪順子(おおやぶのぶこ)さん(38)。講演会や写真展などで、それぞれ性暴力防止を訴えてきた。被害者が心身を深く傷つけられるだけでなく、周囲の誤解や偏見に苦しめられる実情を、社会に訴えたいという思いで一致。昨年、2人で「性暴力をなくそうキャンペーン」をスタートした。

 冊子はキャンペーンの一環として作成。タイトルには、被害者が責められやすいこの犯罪の実情を知ってほしいという思いを込めた。性暴力の実例を紹介したうえで、性暴力にまつわる「誤解」の例を列記している。

 例えばレイプは「夜道で見知らぬ人」にされるのではなく、知り合いによる例が多いことを内閣府の調査をもとに紹介。また「合意の上だったのでは」「嫌だったら助けを求められるはず」など周囲の誤解と偏見が、被害者を苦しめることなどを解説している。

 そして、被害に遭ったり被害を相談されたりしたら、〈1〉交番より警察署の性犯罪被害者対策室に連絡する〈2〉妊娠の恐れがある場合はピルによる緊急避妊の方法がある〈3〉証拠保全のために入浴しない――などの対処法も盛り込んだ。

 A5判、16ページ。1冊100円(送料別)で希望者へ郵送している。「NPO法人全国女性シェルターネット気付」と書いて、冊数と住所、氏名、連絡先を記し、ファクス(03・3235・9684)で申し込む。

 小林さんは「性暴力とはどういうものか、多くの人に知ってほしい。今後は、相談窓口の開設など活動を広げ、被害者支援と法整備の充実を訴えていきたい」と話している。

(2009年11月7日 読売新聞)




ぜひ多くの方に、読んでいただきたいと思っています。
ささやかながら、私も、配布先を探そうと思います。

本当に悲しいことですが、
いつ、誰が、被害に遭うかわかりません。
年齢も性別も関係ありません。

性暴力の実態を知ってほしい、正しい知識を持ってほしい。
多くの方に、読んでほしいと思います。


※こちらは性暴力に理解のある方限定とさせていただいています。同じ内容を別館にもあげています。http://d.hatena.ne.jp/manysided/20091108
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サバイバーの方の手記掲載のお知らせ

8/22に発売された「婦人公論」に 「レイプ加害者は上司だった。弱い私が格闘した涙の軌跡」が4ページにわたり掲載されています。サブタイトルは「会社の“保身”にも傷つけられて」です。
サバイバーの方の手記です。

性的描写はないので、フラッシュバックの可能性はないと思います。淡々と当時の状況を綴られています。ぜひ多くの方に読んでほしいです。
以下、「婦人公論 9/7号 p34~37」より引用します。

被害に遭ったのは就職して2年目の夏、7月に2回、8月に1回、いずれも同一人物の上司。このことを話した人から「なんで逃げなかったの?」「なぜ1回で終わらなかったの?」と聞かれる。これらの疑問は私を追いつめる言葉の暴力以外のなにものでもなく、これが二次被害なのだと思い知った。

「逃げられるわけがない」「一度レイプに遭ったら、二度目はすべての思考回路が停止する」。
これが私の正直な気持ちである。



こちらに書かれている通り、逃げられるわけがない、男性の力に適うわけがありません。こんなにも当たり前のことが理解されていません。
そして、ダメージのあまり、逃げる余裕さえ、判断能力さえ奪われてしまうのが現状です。

長期的で重篤な被害が潜在化するのは、あまりのダメージに、身を守る手立てをとることもできず、誰にも相談できずサポートを受けられるところがなくどうしていいかわからないこと、
必死で大したことではないと思い、被害のことを否認し必死でいつもどおりの生活を続けようとすること(精神医学的な防衛反応です)、
特に顔見知りで同じコミュニティに属していると、周囲に知られたくないために口をつぐまざるをえないこと、その場(学校や職場)を離れるという行動をおこすことを考え実行する余裕さえないほどダメージを受けていること、等があります。
職場のセクハラも、キャンパス・セクハラも深刻です。(セクハラという言葉をここで使うのは不適切かもしれませんが、犯罪行為でしかないものもセクハラ事件とされているのが悲しい現状です)


また加害者に脅されているということも多々あります。地位を利用した脅しだったり、写真や映像をばらまくという脅しだったり。本当にやるせない気持ちです。
何度か顔見知りによる被害が多いが、警察はその実態を把握できていないと書きましたが、そういう事情もあるのです。


私はいわゆる「事件」として相手が逮捕され刑事裁判にかけられた性被害以外にも、性的な被害を受けたことがあります。

例えば。
人気者で中心的な存在だった同級生に、レイプ未遂のようなことをされました。ですが本当のことは言えず、「無理やりキスされた」ということにし、そしてそのことさえも親しい人にさえ打ち明けられませんでした。
何でもなかったんだと必死で思い込もうとしていました。ですがその人とはその後口をきくことはできなかったし、廊下ですれ違うとき等も、苦しかったです。そして、事実を知った人もそのくらい、という認識で、より、辛かったのを憶えています。


また、「事件」に遭った後、何度も被害に遭うことはないと思っていましたが、車にひきずりこまれそうになったりしたこともありました。幸い逃れられましたが、ほんの一瞬の差で、どうなっていたかわかりません。車のナンバーを見る余裕なんてありませんでした。あまりに手慣れた手口に、他に被害に遭った女性がいるのではないかと、このことも、思い出すととても苦しいです。


また、この手記と似た状況だったこともあります。
被害後ろくに働けなかったのですが、なんとか契約社員の口を見つけ、必死で一生懸命働いていたとき。上司にホテルに連れ込まれかけました。情けないことに、私は「えっ」と声を発したきり思考回路がショートし、凍りついたように身体が固まり動けなかったです。
それ以上はされませんでしたが、それまで全く、私のことを女と見ていないという言動をずっとしていたので、そういう対象とされていることさえ、全く思いもよらないことでした。例えば、自分の好みのタイプや、他にも男同士で話すような話題を私にしていたので、私は自分がセクシャルな対象と見られているとは思ってもみませんでした。
翌日、私はさらに上の上司との面談があったため、その件で、忙しい勤務時間中には話せず食事をしながら話した後のことでした。
なんとか無事に帰りつきたいため、驚かれるかも知れませんが私も冗談と受け取っているかのように振る舞いさえしたのです。本当はとても怖かったのですが。

なんでもなかったことにしたいため、たいしたことではなかったと必死に思い込もうとし、それからの仕事でも何事もなかったかのように接していたつもりでした。
それでも、全く今までどおりということはできず、今までのようにたわいのない話をすることもできなくなりました。私の態度が変化したのが気に入らなかったのか、上司は仕事上の嫌がらせを始めました。

私は退職するまでこのことをさらに上の上司に言えませんでした。ホテルに連れ込まれかけた翌日の面談でも話すことは出来ませんでした。必死で冗談とすませようとしていたし、また、そのしばらく前に、同僚の男性(ちなみに婚約者がいた)にもしつこく誘われ困っていることを相談したことがあったからです。
こんなに短い間にそういうことが立て続けにあると、私の方が問題視されると思いました。
同僚の男性の件を相談したとき、女性上司は「あなたがかわいいから」と言い、女性上司から話を聞いた男性上司は「男性だからそういうこともあるかもね」と発言したと聞いていたからです。
そしてこの二人は、社内でも人望があり、私もお世話になっていたため、彼らがおかしいのではなく、自分が悪いのかと責め続けました。
そのことをふとしたきっかけで知り、唯一味方になってくれたと思っていたのが、先述した上司で、あれこれ同僚と二人の仕事がなくなるよう配慮してくれたりなどし、私は信頼していました。ですが今思うと最初から計画的だったのだと思います。見抜けないようにしていたのです。
もしあのとき、更なる性被害を受けていたら、私はどうなっていたかわかりません。
この手記にもありますが、一度被害を受けると絶望しきって、何も考えることも感じることもできなくなります。


また、「事件」として裁かれた件でも、加害者がすぐに自宅を出て行かなかったのがとてもとても辛かったです。
仮にそのまま加害者に居座られ自宅を占拠されたとしたら。
絶望が深すぎて、逃げることも諦めていたでしょう。あまりに怖ろしい異常な人でした。
考えることさえできなくて、自分の感情を感じ取ることさえできなくて、何より恐ろしすぎて、言いなりになっていたでしょう。必死で、たいしたことはないのだと思い込もうとしたり、私のことをそれだけ好きなのだという気持ち悪いことさえ、勝手に思い込もうとしたかもしれません。
こちらの手記にもあるように、力では適わないのですから 「逃げられるわけがない」ですし、「一度レイプに遭ったら、二度目はすべての思考回路が停止する」のです。

たとえば私は事件後、監禁されていたとしても、殴られたり脅されたりして、おそらく食事を作れだの家事をしろだの命令され、言いなりになるしかなかったでしょう。たとえ逃げたとしても完全に逃げることは不可能なのですから。さんざん自分の友人にさえ危害を加えられ、実家も把握され、脅されていたのですから。
例えば食事を作る買い物に行かされたとしても助けを求めることはできないほど深い絶望にいたと思います。こういう監禁もあるのです。
何も感じることができない感情が麻痺した状態になりますし、どうしたらいいか考える力も判断能力も奪われてしまうのです。

サバイバーからの手紙にあるように、重篤で長期的な被害ほど、認められません。本当に、紙一重だと思い、やりきれない気持ちです。


今回、婦人公論に載っている手記には、サバイバーの方の退職を思いとどまるよう説得したのに、加害者を会社にとどまらせる会社の保身体質に対して、カウンセラーの方が介入されたことが書かれています。これは皆さんに広く知ってほしいので、こちらも引用させていただきます。

 ついに管理職をカウンセリングルームに呼んで、「カウンセラー対管理職二人」で直接話し合う場を持つ運びとなったのだ。

 カウンセラーは 「今の彼女の心の状態はこういう状態です」 と、ルーズリーフの紙をクシャクシャに丸めてポイッと投げたそうだ。そう、私の心は、乱暴に丸めて潰された紙のようになっていた。

 「元に戻そうとしてすぐに広げようとすると、破れてしまいます。ゆっくりゆっくり開いていくしかないのです。でも、元に戻ったように見えても、皺が必ず残ります。これが心の傷なのです」

 このカウンセラーの語りで、管理職はやっと私の傷の深さと重さを理解したようだ。(略)
ところが、休職中も心は休まることはなかった。加害者に会わなくても襲われるフラッシュバックや悪夢、うつとの闘いが続いた。これは一生かけて背負っていく問題なのだと覚悟した。



乱暴に丸めて潰された、クシャクシャになった紙のような心。
元に戻そうとすぐに広げようとしたら破れてしまう。
ゆっくりゆっくり開いていくしかない。
元に戻ったように見えても、必ず皺が残ってしまう。

とても、納得のいく、悲しい、そして的確な説明だと思いました。
周囲に理解されにくいことを身を持って体験した身としては、被害に遭われた方の周囲の方にも、ぜひ読んでほしいです。

最後にこう書かれています。

 一番つらかったのは「孤独」だった。事件の記憶が蘇ると死にたくなる。だけど、さらに性犯罪被害者を苦しめるのは、周りの反応やそれに伴う感情の嵐。(略)

 性行為とは何だろう。考えるたびに涙がとまらなくなる。過去につきあっていた彼氏と関係を持ったことはある。同じ行為なのになぜ汚いと思い、思い出すと恐怖を感じ、息苦しくなってパニックに陥るのだろう。今後好きな人ができても、順調に交際が進むとは到底思えず、苦しむに違いない。

 今回投稿した理由は、事件に区切りをつけたかったからである。「忘れる」のではなく整理して、記憶に縛られたり囚われたり引き戻される連鎖を断ち切りたかった。あえて過去の記憶や弱さと対峙するという苦しい作業を行い、回復していくと信じて。

 なぜ私がこういう目に遭ったのか答えを捜していたが、いまだに見つからないし、答えはないのかもしれない。いまは加害者へ思いを伝えればこの気持ちを手放せるかもしれないという期待を胸に、「出さない手紙」をしたためてみたい。自分を取り戻すために。


 「加害者へ ― あなたは職場を裏切り、家族を裏切り、部下である私を裏切りました。つらかったです。初めからすべてが仕組まれていたのではないかという疑念。最初の一年の信頼関係が根こそぎ崩れたこと。これらが私を苦しめます。あなたは、パワーをコントロールして私を心理的に支配しました。でも私はそれに気づかず、むしろ頼っていた部分もありました。それは私自身にも問題があり、自己肯定感が低かったと思います。

 管理職同席のもと、あなたが私に謝罪した日。私は 『人間である限り、今が一番楽しいと思う権利があるはず』 と口にしました。これはカウンセラーが私を励まして言ってくれた言葉。あなたも職が変わってそう言える日が来ることを願っています。だけど周囲を騙し、自分を騙し続けてきたこと、それは命のある限り問い続けてほしい。

 もがき苦しんで、失くしてしまった自分を必死で捜してきました。希望が持てずにろうそくで足下を照らすように暮らし、泣いて泣いて涙が涸れるまで泣きじゃくり続けたあの体験を、いつか人のために役立てたい。性犯罪の予防教育に携わりたい。そう心に誓っています。それが実現したとき、自分と徹底的に向き合う時間ときっかけを与えてくれたことに感謝するのかもしれません」


「人間である限り、今が一番楽しいと思う権利があるはず」、この言葉は胸にズシリときました。

今が一番楽しいと思う権利、それが奪われてしまうのです。
何も感じない、何も楽しくない、自分はゾンビのようだと、この手記にもありますが、生きているという感覚がなくなるのです。自分だけ白黒のようだと思った感覚が私にもありました。
現実感がなく、ひどい鬱状態。恐怖によるパニック。過呼吸など。挙げるときりのない身体症状に苦しみます。
今はこうしていますが、あまりにひどい苦しみです。

加害者に会わなくても襲われるフラッシュバックや悪夢、うつとの闘いが続いた。これは一生かけて背負っていく問題なのだ。

とも書かれています。

私も、傷は薄くはなっても、消えることはないように思っています。
性被害は、心をもこんなにも蝕むものです。


多くの方に読んでいただければと思い、ご紹介させていただきました。ぜひ全文、通して読まれることをおすすめさせていただきます。


手記を書かれた方、掲載のことを教えてくださった方、ありがとうございました。
読ませていただいて、救われたような思いです。多くの方がそう思うと思います。
この場を借りて御礼を申し上げます。


婦人公論 2009年 9/7号 [雑誌]婦人公論 2009年 9/7号 [雑誌]
(2009/08/22)
不明

商品詳細を見る



同じエントリを別館にも上げましたので、ご意見等はそちらにお願いいたします。

被害に遭われた方、性暴力に理解のある方のみにコメントを限定させていただいています。

傍観者であろうとする第三者は、加害者である

前回書いた京都教育大学の事件について、あまりに大学側の対応がひどいものなので、他の例も交えて、被害者と加害者が同じコミュニティ(今回の場合は大学である)に属している場合について、どういう点が問題で、どうしたらいいのか、私なりに考えてみた。

「教育的配慮」…集団準強姦の重大性とズレ、京都教育大学長が会見

(一部引用)
 同大学によると、被害を受けた女子学生は、今年3月3日に教員に相談。大学側は同6日に「ハラスメント防止委員会」を設立し、教員らが、被害学生や逮捕された6人などに対して聞き取り調査を行った。
 ところが、大学側は24日、被害学生の保護者に対し「公共の場所で性的なことをした公然わいせつは6人とも認めたが、同意があったのか、無理矢理だったのか、細かいところは判断できない」とし、「警察に告訴するかどうかを考えてください」と話したという。その後、31日付で6人を無期限停学処分とした。
 会見で寺田学長は「大学は捜査機関ではないので、細かい事実を追及するのには限界があった。(大学として)警察に早期に相談しなかったのは、内密に事実確認を行うことを優先したため」と釈明した。


同意があったか判断できないって、そりゃ捜査のプロではないのだからそうだろうけど、そうだからこそ、まず相談があった時点で通報するべきとは思わなかったのだろうか。
複数犯の場合、親告罪ではなくなる。学校側としては何もできないと、被害者へ責任丸投げである。被害者を守ろうという意識が全く感じられない。
それに、同意があったのかわからない、なんて、被害者に言う言葉ではない。どれだけ被害者が傷ついたことだろうか。彼女の受けた苦痛、孤立感、絶望感を考えると、胸が張り裂けそうだ。
何も悪くない被害者が、こうした周囲の心無い(この場合、あまりに心無さ過ぎる)言動によって、さらなる苦痛を受け、追いつめられていく。
教育者としての倫理も何もあったものではない。
しかも、退学や、その後の進路についても考えなかったのだろうか。相談されてすぐではなく、3月31日付での「無期停学処分」。卒業する加害者に退学、卒業取り消し等も考えなかったのだろうか。教育者としてあるまじき行為をしたものが、教職につくことへの懸念はなかったのだろうか。
しかも、在学中の加害者は、授業を受けなくとも、学校に出てくることも考えられる。何より、被害者に再度危害を加える恐れもある。逮捕勾留されない限り、何でもできる。そういうことは一切考えていないように思われるが、学長会見では「教育的配慮」を繰り返すのみだったというから、呆れる。

京都教育大生の集団準強姦 対応めぐり文科相と大学対立

(一部引用)
6人の処分後も京都府警に通報しなかった同大学の対応をめぐり、塩谷立文部科学相と大学側の見解が対立している。2日、文科相が「大変問題だ」と指摘したのに対し、大学側は「不適切ではない」と反論。しかし、被害者側が通報したことで「あとは任せられると思った」ともしており、主体的な対応を取らなかった大学側の姿勢が改めて浮かんだ。


「不適切ではない」って・・・どこをどう考えたら、そういう主張ができるんだろう。頭が痛くなる。
しかも、被害者側が通報したことで「あとは任せられると思った」はないだろう。学校側としてもっとできることがあったはずだ。被害者も学生のひとりであり、その彼女を守るのが最優先事項ではないだろうか。




被害者と加害者が同じコミュニティに属している場合、そして加害者が裁かれない場合、被害者にはとても大きな苦痛が、現実としてのしかかっていく。

本人の承諾を得たので、例を挙げさせてもらう。

Aさんは、学生時代に被害にあった。加害者は同じ学校の同級生だった。
加害者は逮捕されたが、警察からは学校側に通報するということは行っていないと説明を受けた。また自分から通報したら名誉毀損になりかねないとも言われたと言う。

Aさんにとっては、何が真実なのか、彼女が一番良く知っている。不起訴になったら、加害者が野放しになったら、いったいどうすればいいのかと、毎日恐怖で押しつぶされそうになった。
何度も学校側に、加害者を退学にしてほしいと言おうかと思ったという。だがどこに言えばいいのかもわからなく、また自分が被害に遭ったことを申し出るのも辛く、加害者が勾留されているのだからと我慢していた。友人にすら打ち明けられなかった。
加害者のことも知っている分、衝撃が大きく、噂がひろまるのを恐れたという。
被害を受け、事件の生々しい再現等のフラッシュバック、不眠、悪夢に悩まされ、事件に関係するもの、加害者を想起させるものを回避したいと思っても(多くの被害者はこうした症状をたどる)が、同じ学校ということで考えざるを得ず、毎日が辛かったという。
なんとか普通に過ごしているように、淡々としているように見えても、一人になると、恐怖でがたがた身体が震えたり、うまく呼吸ができなかったりしたという。そういう中、一刻も早く加害者を退学にしてほしいという思いが強くなるのは当然だろう。

そんな彼女に追い打ちをかけたのが、加害者の両親の脅迫まがいの接触だった。逮捕されたことを知った加害者両親は、否認する息子の言うことを信じきって、さんざん彼女を中傷し、告訴を取り下げるよう迫った。耐えられず電話に出なくても、留守電や速達の手紙等で、攻撃は続いた。さすが加害者の両親というべきか、謝罪の言葉は一切なく、自分たちが困る、自分の娘まで結婚できなくなる等、ひたすら自己中心的主張だったという。

学校側は、加害者が突然、登校しなくなったのを不思議に思ってはいたものの、まさかそんな事態がおこっているとは思いもよらなかった。
そして、加害者は起訴された。すると、加害者の両親が学校側に怒鳴り込んだ。
加害者両親は否認し続ける加害者の言うことを鵜呑みにして、合意の上であり大したことはないはずなのに、被害者が大げさに騒ぎ立てたと主張した。

学校側はAさんを呼び出した。呼び出した名目は「謝りたい」ということだった。

被害者であると学校側に知られたこともとても辛く、また顔を合わせて話すのも、とても気が重かったが、どうなるかわからないという不安と恐怖から、早く加害者を処分してもらえるのではないかという期待で、行ったという。
認められる可能性が低いとは聞いていたものの、加害者は保釈を要求していると聞いていたため、また自分の周囲に現れて、何をされるかわからない、と、とても心配だったからだ。

決死の思いで、弁護士に付き添ってもらい、出かけたAさんは、加害者家族の主張を聞き、言葉が出ないほどのショックを受けた。同席したAさんの弁護士が事情を説明しても、片方からの事情だけでは判断できない、両方から事情を聞かなければ、学校側としては何も決断できない、という。

そして告げられたことは、実刑が確定するまで(つまり裁判が終わるまでだ。控訴上告されて何年もかかったらどうするつもりだったのだろう)、容疑者にしかすぎないため、何の処分もできない。加害者にも人権がある、と。
学校としては双方から事情をきかないとしかるべき処分ができない。あなたからは事情を聞けるが、拘留されている加害者からは事情がきけない。
弁護士が、拘置所に接見に行き、事情を聞けばよいのではと言ったが、そんな「とんでもないこと」はできない。自分たちには「そういうことに割く時間」もない。出てくるまで待つしかない、と。

せめてAさんが卒業するまで停学等にできないのか、と弁護士が言ったが、そもそもこういう事態は想定していなかったため、停学ということさえできない。規則にない。退学も、本人の自主退学しかないという。

弁護士が、無罪の可能性があればそもそもすぐには逮捕されないこと、起訴されたということは裁判にかけて有罪になる可能性が高いということ、処罰できると判断されたことなのだ、と説明しても無駄だったという。規則にないことはできない、私たちに言われても困る。そう主張して、譲らなかったそうだ。他の学校では退学の事例があっても、この学校にはないのでできない、ということだった。

さらに驚いたことに、示談すれば執行猶予がつき、学校に出てくる。それは学校としては困る。だから、あなたには頑張ってほしい、と、強制ともいえる言葉をかけられたという。
結局、「謝りたい」と言って呼び出したにも関わらず、謝罪の言葉は一切なかったという。

被害妄想かもしれないけど、と前置きした上でAさんは語る。むしろ、部屋に入ってきた時点で、じろじろ全身を眺めるような視線に、とても不快感を覚えたという。ああいう話なら、わざわざ呼び出してする必要もなかっただろうと。とても傷つき悲しい思いをした彼女の痛みがひしひしと伝わってきた。




皆さんは、この話をきいて、どう思われるだろうか。

共通しているのは、全く、被害者への配慮が感じられない点だ。
そして、捜査のプロでもないのに、「双方から事情をきかなければ対応できない」という姿勢。これは犯罪行為であり、自分たちの手に余る行為だという認識がない。警察でも否認するような輩に、素人が事情をたずねたところで、シラを切るに決まっている。
何より、京都教育大学の場合、加害者同士の口裏あわせ等の可能性は考えていなかったのか。無期停学というのも、いったいどうするつもりだったのか。自主退学を願っていたのか、それとも事態が急変する可能性を考え、加害者たちにも学校へ戻る機会を与えたつもりだったのか。情けないとしかいいようのない事態だ。

あまりの学校側の身勝手さ、無責任さを共通して感じる。教育機関とは思えない態度だ。そしてAさんの場合、「双方から事情をきく」と言っておきながらも、加害者に接触するのは嫌がっている。何より、謝りたいという名目で呼び出しておいて、なんだその仕打ちは、と思う。

いろいろな話をきいて思うのは、中学までは義務教育であり、高校からは義務教育でないが未成年であり親の保護介入もあり地域社会での立場もある。そういうわけで、何かことがおきると、わりと処分は速やかに決定される。つまり、高校までは教育機関としての役割が自然と果たされているわけだ。地域社会とのつながりも密だし、保護者との関係も密だ。

ところが、大学、専門学校、等いろいろあるが、高校卒業後の「教育機関」は、なにかコトが起きた場合の対応が、かなりバラツキが見られる。そのバラツキは、教育機関としての自覚があるかないか、という点ではないだろうか。

だいたい、大学の学長というのは、研究者である。授業を持つのさえ面倒がり嫌がる教授も多い。学生を教育しているという自覚は乏しいように思える。「学長」という肩書きは、ちょっとした威光をつけたいだけであって、学長として大学内でおきたことには責任を持つという自負はそもそもないのではないか。
まして国立だ。もちろん過去の事例をふまえると、国立大でも速やかに対処しているところもちゃんとある。だが今回の場合、こういう想定できない事態には、なんとも煮え切らない公務員的態度である(※公務員自体を否定しているわけでは全くないことを付け加えておく)。
被害者側が通報したことで「あとは任せられると思った」などと、驚きの発言をぶちかましてくれている。

この場合、被害者と加害者は同級生だ。まず、被害者の苦痛、今後の将来を考えての配慮ある行動などが、一切感じられないことに、強い怒りを感じる。それなのに「教育的配慮」と強調している。いったい何を考えているのだろう。

この事件、上述したAさんの事件のような学生間の性暴力だけではなく、あちこちで、教える側、指導する側であるはずの教師、講師、教授等から、学生への性暴力が起きている。
学校等の教育機関に限らず、習い事や、学習塾、スポーツ団体等でも起こっている。

指導者から学生への性暴力であっても、いやそれゆえの仲間意識なのか何なのかわからないが、学校ぐるみで隠蔽を図ろうとしたり、加害者を助けるような行動さえとったりもする。

逮捕された、等、事件をすぐ知り、加害者を懲戒免職にしたり退学等にするのは、私立大学、小規模な大学、専門学校等はすぐするようだ。もちろん国立でもそういうところもあった。
だが、これだけバラツキがあるのを見ると、何らかのガイドラインが文部科学省等から出すようにしたらどうかと思う。今回の京都教育大学も国立だという。あまりにいいかげんすぎる。

セクハラ等ではすまない犯罪行為(私個人としてはもちろんセクハラも性暴力であり許せないと思う)の場合の、大学側の対応をマニュアル化する、規則等をしっかり設ける等の対策が必要ではないだろうか。
「双方から事情を聞く」なんて、先の記事にも書いたが、捜査のプロでもないのに、正確な事情聴取も、その上での判断もできるわけがない。

私は被害者当事者だが、そうでない人たちからも、大学側の対応はおかしいという声が多数あがっている。
参考記事→京教大学長「教育的配慮」に抗議殺到…男子学生集団暴行事件

当たり前だ、の一言につきる。




加えて言うと、加害者というのは、異常だ。感覚がおかしい。悪いことをしたという自覚さえない。
そして、そういう人間の家族も、おかしな感覚、異常な人間性を持っているように感じる。
それが、多くの被害者たちの話をきいて、つくづく思うことである。

容疑者のひとりの父親は、大阪府茨木市の教育委員会に所属する、生涯学習部青少年課の課長で、面接、採用の最終決定にかかわる立場だったという。その父親の口利きで無期停学中に、小学校の学童保育の臨時指導員をしていた、というから呆れ果てる。
また、現場近くにいて大学から訓告処分を受けた男子学生が、大学卒業後、京都市の市立中学校に勤務し、事件発覚直後に退職していたそうだ。ばれなければそのまま勤務するつもりだったのだろうか。本当に恐ろしい話だと思う。

参考記事
父が面接・採用し停学中に学童指導員…集団準強姦容疑逮捕の京教大生
訓告処分の京教大生が市立中に講師で勤務

悲しいことに、こうして加害者たちが世間に野放しにされていく。
幸いにも、すぐ逮捕されたり退職したりなどして、子どもたちに被害が及ばなかったことがせめてもの救いだ。
「教育的配慮」というならば、そういったことまで考えての行動でなくてはいけないのではないかと思う。


7/11追記
京都教育大学の事件を検索しこちらへ来られた方へ。
集団準強姦罪の悲しく厳しい現実をこちらのエントリの最後に書きましたので、どうかご覧ください。




ぜひこちらのサイトもご覧ください。
※参考サイト  
裁判員制度における性暴力事件を考える 

被害者は悪くない

京都教育大学の性暴力事件について、思っていることを書こうと思う。

介抱するといって、大勢いる部屋から連れ出し、居酒屋の空き室に連れ込み、店員が入って来れないよう戸を塞ぐなど、どう考えても、計画的で悪質な犯行だ。常習性も感じられる。
店員が異変に気付き、部屋に入ったとき、ぐったりした被害女性の他に、男子学生数人がおり、あわてて逃げたという。
抵抗できないほど酒を飲んだ方が悪い、被害者は傷ついていなかった、と参加していた男子学生が加害者を庇っている書き込み等をいくつも見て、怒りに身体が震えた。

加害者が上級生で、被害者は下級生だ。ましてお酒を飲むのに慣れている年齢でもない。通常に考えて、無理に飲ませるほうが悪い。
まさかそんな恐ろしいことを計画しているなんて知らない限り、断固拒否するということは難しいのではないだろうか。しかも加害者は体育科だという。
別に体育会をバカにするわけではないが、多くの体育会系の部活等で、いまだに、先輩が後輩に酒をすすめて飲ませ、後輩は飲むのが当たり前とされているのが現実だ。

多くの性犯罪被害者の話を聞いて、共通していると思うのは、加害者はとても計画的で用意周到だということだ。
そして慣れている。おそらく今回も初めてではないだろう。
どう言えば、どうすれば、被害者が自分たちの策略どおりにできるのか、加害者たちはとてもよくわかっているのだ。


被害者の「落ち度」を責め立てている人たちは、先輩なり、上司なり、取引先なり、無理にお酒を強要され、しかたなく飲んだことはないのだろうか。
自分の適量を超えて失敗したことは、絶対に、一度もないのだろうか。

これが現実なのだ。窃盗や泥棒では、鍵をかけるのを忘れていても、被害者はあくまでかわいそうな被害者であり、悪いのは加害者だと当たり前に思われる。
だが、このことを見てわかるように、性犯罪では、女性の「落ち度」を責めたてられるのが現実だ。

女性はお酒を飲んではいけないのか。
私くらいの年になれば、のらりくらりとかわすか、飲んでいるふりをするか、あるいはお手洗いに逃げるか等の処世術も身に付いていく。周囲も、それを見逃してくれるくらいの度量というか人生経験を積んでいる。だがそれは、ある程度人間関係が希薄だからできることでもある。そしてそれでも、難しい場合もある。
学生で、狭いコミュニティで、酒の席で、雰囲気を壊してもいいくらいの覚悟で断固拒否するというのは、加害者が何を企んでいるか知らない限り、無理だ。

女性は、飲み会に一切出るなというのだろうか。男性に話しかけられても無視しろと言うのか。
誰にお酒をすすめられても、一滴も飲むなというのか。断っても断っても、飲まざるをえないことがあるのは知っているだろう。
いったいどういうふうに振舞えば、落ち度がなかったと言えるのか、ぜひ教えてもらいたいと思う。

抵抗できない状態の女性に性行為を強いること自体が、女性の人権を無視した、尊厳を踏みにじる行為だ。
自分の同意なく、性行為を強いられるということは、自分の体、心がモノ扱いされているということだ。自分の体なのに、自分の意思は無視され、他人の思うがままにされているということだ。
それが、どれだけダメージを与えるものなのか、わかっていなさすぎる。いや、わかろうとする気さえない人が多すぎるのだと思った。
悲しいが、これが現実だ。改めて、どれだけ性犯罪が世間に理解されていないのか、痛感した。

男性の皆さんに、考えてみてほしい。あなたが酔っているとき、とても腕力の強い身体の大きな男性に、無理やり服を脱がされたとしよう。
そして性行為を強いられたとしよう。それで、あなたは、絶対に傷つかないと言えるだろうか。
その後、人が駆けつけてきたとき、僕はひどい目にあいました、と、すぐに泣きながら打ち明けられるだろうか。
泣くこともできないほど、呆然とし、自分の身に起きたことを受けとめられないほど傷ついているかもしれないとは思わないのだろうか。
もしくは、混乱し傷ついていても、自分の身に起きたことを知られることを恐れて、必死で平静を装い、なんでもないふりをして、その場を離れるということは絶対にしないと言えるのだろうか。

被害者が傷ついていない、なんてよく言えるものだ。

傷ついていなければ、家族に相談したりしない。学校側に相談したりしない。
被害者は、きっと学校で加害者たちと顔を合わせるのが怖かったに違いない。退学等にしてほしいと要望していたのではないだろうか。
しかし、それにすぐ応じず、捜査のプロでもない学校側が加害者から事情をきき、関係者の主張が異なっているから事実関係の確認がどうのこうのとか。
学校として事情を把握しようとしたのはわかる。だが、自分たちの力量を超えているとは思わなかったのか。まず、犯罪行為との認識があれば、すぐ警察に通報するべきだ。
警察でも何でもない相手に、加害者が自分の罪を認めるわけがない。なんとかごまかそうとするのが常だ。それすら考えが及ばなかったのか。
それとも、学校の名に傷がつくのを恐れて、加害者側の言い分を通そうとしたのだろうか。
すぐに対応してくれず、被害者がどれだけ傷ついたことか。事件が起きたのは2月だという。
学校側が、あくまで保身のため、加害者を庇い、不祥事をもみ消そうとしているのを知り、被害を受けた自分を守ってくれない現実を知り、どれだけ、悲しかっただろうか。
そして、逮捕されるまで、どれほどの不安、精神的苦痛を抱えて過ごしていただろうか。
逮捕された今でも、これから先どうなるのか、とても不安で苦しい思いをしているのではないだろうか。
彼女が受けた苦痛を思うと、辛くてたまらない。


どうか、お願いです。
傷ついている被害者の方を、これ以上、苦しめないでください。追い詰めないでください。
悪いのは、全て加害者です。被害者は好んで被害に遭ったわけではありません。全ての責任は、加害者にあります。

被害者は、何も悪くありません。どうかそのことを、考えてください。



7/11追記
京都教育大学の事件を検索しこちらへ来られた方へ。
集団準強姦罪の悲しく厳しい現実をこちらのエントリの最後に書きましたので、どうかご覧ください。



ぜひこちらのサイトもご覧ください。
※参考サイト  
裁判員制度における性暴力事件を考える 

Appendix

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    性被害にあって十数年たちます。
    刑事裁判経験者です。

    二次被害三次被害等、過酷な経験をし、性被害の後遺症もところどころありますが、それでも、わたしは生きています。今は、生きていてよかったと思います。

    だから、同じ被害にあったあなたたちに伝えたい。
    あなたは何も悪くない。どんな事情があったにしろ、あなたは悪くないのです。どんな特殊性があったにしろ、望みを捨てないでほしいのです。

    悪いのは加害者であり、無理解な社会です。あなたは、何も変わってなどいない。とても素敵なところをいっぱいもっている、素敵な人のままなのだから。


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