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私にできること

ここしばらく、あまりに疲れすぎて、くったりしていた。
“敵”が強大すぎて、何もできないような気がして、すごく辛くなっていた。

ここ20年、10年、5年というスパンで見ると、良い方に変わっていっているじゃないか。
そこに希望を見出そうと思っても、無力感をひしひしと感じて、辛かった。突破口が見出せない、というところだろうか。

どうにも考えが煮詰まって、休息が必要だと思った。
すこしゆっくりめにブログを更新しようと決めて、あれこれいろんなことを考えていた。
書きたいこと、伝えたいことは山ほどあるのだけれど、なかなかうまくまとめられず、少しずつ少しずつ下書きをしていた。

そもそも、私がブログを始めたきっかけは、裁判員制度の性犯罪の取り扱いに問題がありすぎるということが発端だった。
2007年の刑事訴訟法改正を無視したこの制度 (裁判員制度の対象事件の範囲を含めた制度設計は2002~04年に行われた) の重大欠陥を見つけて、記事とされた読売新聞の記者の方には深く深く感謝しています。この報道がなければより大変なことになるところでした。

まさかこんなことになるとは思わなかった。当然、現行の法制度が守られて実施されると思っていたから。
この発端となる記事 を見つけて、あちこちに知らせてご協力をお願いしたりし、いろんな方のご協力を得ることができた。その後も、どうしても気になる、何とかしたいという気持ちで動いていた。
刑事裁判を経験した者として、情報発信していこうと思った。
性犯罪を裁判員制度の対象外にしてほしい。あまりにおかしすぎる。

だけど。いざブログを始めてみて、いろんな反応を知ると。何だか違和感を感じた。
ここまで意識が低い人が多いとは、正直、思っていなかった。その点では傷ついたし疲れた。もちろんそんなこと言っている場合ではないのだけれど。
性暴力は暴力でしかないのに、性行為の延長くらいにとらえている人の多さに、くらくらした。

また、「どっち側なの?」的な発想や、「あらゆるところを網羅し尽くした完璧な答え」を求める方が多いということにも気付いた。
それは私にとって、なぜかとても窮屈で苦しいことだった。
完璧な人なんているわけないし、どんなに極悪人であっても良いところはある。それを知っているから苦しいのだろうか。
私には自分の知っていることしか責任持って発言できない。そもそも素人だ。気になったことはそれなりに勉強しているけれど、素人だ。それぞれが知っていることを知恵として出し合うのが一番いいと思う。
どっちが上とか下とかそういう発想がよくわからない。そういう考えはしたくない。

白黒思考というのも何だか怖い。そこから抜け出したいともがいていた時期を思い出すから。
一部の誤り (と私が勝手に思う点) を指摘することは、イコール全否定、というわけではない。
全人格を否定しているわけではない。もちろん私が間違っていることもあるだろう。

また、WEB上に公開している以上、仕方のないことだが、あまりに多くの反響には、ちょっと対応しきれなくて大変だった。
同じ立場からの発言者が圧倒的に少ないこと、を私が考慮に入れていなかったから、一対多、ということになってしまったのだろう。
といっても、好意的なコメント、理解しようとしてくださるコメントには元気をもらうのだ。すごく嬉しい。
反対意見でも、どこか通じる部分があると嬉しかったし、少しでもわかってくださったり、もしくは耳を傾けてくださるだけでも嬉しかった。
要するにワガママなのだろうか、とも思った。

そのあたりのことを、ここのところずっと考えていて、仲のいいお友だちとお話して、ああこういうことなのかなあと、わかったことがある。
私は、自分のペースを乱されるというのがちょっと辛い。自分のペースを守りたい。
被害者の方や、理解してくださる方・理解しようとしてくださる方とやりとりさせていただくのは嬉しいし楽しいし、ちっとも苦にならない。
ただ、そうではない方で、ちょっと勢いが強いのを感じ取ってしまうと、すこしだけれど、恐怖に近い感覚をおぼえる。
どこか一方的のように感じると (私が勝手にそう思うだけで実際には違うのかもしれないけれど)、
コントロールされそうな不安と、そうなりたくないという焦りが、恐怖につながる。
加害者にしつこく付きまとわれていた苦しい時期を思い出すからだろうか。
でもそれだけではない気がする。違和感に近い、何かしっくりしないものを感じ、それは何だろうと思っていた。
自分自身に改めて向き合う必要を感じた。
ここ最近は、いろんなことを考えて、思いついたことをつらつらと書いていた。

本当に微力ではあるけれども、活動しはじめて、まだ三ヶ月にもなっていない。でも、たくさんの人と出会うことができた。実際にお会いしたり、電話やメール等でお話したりした。
お話を聞かせていただいて、性犯罪以外の犯罪のことでも、犯罪以外のことでも、かなり共感できるところが沢山あった。
共通項は、“暴力” ということ。
共鳴して、自分でも忘れていたという自覚さえなかったことも、かなり思い出して、驚いた。苦しくなったりもした。
でもそのおかげで、いろんなことがつながってきた。こういうことなのかな、ということが見えてきた。

最初は、性犯罪を裁判員制度の対象にしようということで、そのために多くの方に賛同してもらう必要性を感じた。そのためにはどうしたらいいんだろうという視点で考えていた。
でも。
渦中に身を置いてみると。それだけでは全然ダメだ、ということに気付いた。

息の長い闘いに備えて休息するはずだったのだけれど、つい数日前にも、怒りと悲しみがコントロールできないほどの事実を知ってしまったりもした。
このままではまた、似たようなことがおきるだろうと思った。
そしてまた、このことの情報発信もどうすればいいのか、まだ私の中で決めることができていない。
多くの方にとってはたいしたことではないかもしれないけれど、私にとってはかなりの打撃だった。

その件に関して、「以前に聞いていた話と違う」と、“とあるトコロ”とやりとりしたのだけれど。
その“責任者”は、私を “強姦被害者”として見下したような物言いをし、せせら笑いさえし、なかなかにひどい対応をされた。嫌がらせとしか思えないこともあった。それまでの経緯もあって名前は名乗っているのに、何度も名乗らされたりもした。どう考えてもおかしいだろう。
・・・今になってまた二次被害に遭うとは。
最初から高圧的だった。嘘とわかるようなことばかり言っていた。虚勢。誤りを認めない態度。話を遮ってまで同じことをまくしたてる。うんざりした。品格を疑うような物言いに、ほとほとうんざりだ。
何とかならないものか、この隠蔽体質。

でも、なんとかふみこたえられた。
「こちらの話を聞いていただけますか」と言うと、カッとなった感じで「僕は冷静です!」なんて言っていて (だいたい「僕」を仕事で使うのが変に感じる)、 もう苦笑するしかなかったけれど、説明と要望は伝えることができた。かろうじて、かもしれないが。
最後に「あなたのお仕事はこういうことをきちんとすることではないのですか」と言うと、黙り込んでいた。ろくな挨拶もせず電話を切られたけれど。

いやな思いをしても、少しでも改善してもらうためには、少しでも動いていきたい。伝えていきたい。
伝えるというのはとても難しいことだけれど。
どれだけ効果があるのかというと、すぐにはないかもしれない。
でも、多分、積み重ねることが大切なのだろう。これを全国的に働きかけるのは難しいけれど、そのこともどうすればいいのか考えていきたい。

この三ヶ月弱、結局、行動しないと何も変わらない。ということもよくわかった。

裁判員制度の件は、既に大きな流れとなって、全国的な運動となっている。多くの方が危機感を持って動いてくださっていて、その成果も徐々にではあるしまだまだ不充分だけれど出てきている。
頑なな相手に少しでも動いてもらうにはどういうことが必要で、その中でもどういう問題が起きてしまうのか、ということも、少しずつだけれどわかってきた。
わたしが微力ながらも活動できるのは、多くのサバイバーの方々、支援者の方々、理解者の方々のご協力があってのことだ。
また、先に“道”を切り拓いてくださった多くのサバイバーの方々のおかげで、微力ながら私が今こう動けているということを、つくづく感じる。

わたし個人では何ができるだろう。
わたし個人の経験したこと、知っていることを、匿名でも情報発信できる手段を持ったことで、現実的には何をすればいいのか。
差し迫っている事態に、少しでもできることは何だろう?
考えて考えて、ある程度は考えが固まってきたけれど、難しいところもたくさんあって、今もまだ考える余地があるのを感じる。

ひとつわかったのは、短期的にも中期的にも長期的にも、目標を据えて動いていかないと、どんどん、ばらばらになる。わけがわからなくなる。

私は刑事裁判を経験しているためか、非常に不本意だが、加害者側と“嫌なつながり”がある。
実名で活動した方が活動しやすいのは重々承知しているけれど、何度も考えたけれど、できない。
加害者も加害者親族も、過剰反応して攻撃してくるのは目に見えている。
これ以上被害に遭いたくないし、家族も守らなくてはいけない。
こういうことも余計に、刑事裁判を改善することができないままになっている原因の一つだろう。

実名で活動されている方はたくさんいらっしゃる。すごいと思う。私だけ楽しているようで、ずるいような、申し訳なさを感じる。私にとっては、そういう方々の存在自体が、とても勇気をくれる存在だ。
そういう方々のおかげで、今、私が動けている。
まだまだ問題は山積みだけれど、以前と格段に変わったところがたくさんあるのをあちこちで感じる。

わたしは、実名で情報発信することができない点も含めて、情報発信していきたい。匿名でも伝えることができるということを見てもらいたいと思う。ネットという媒体には限りもあるけれど、ネットゆえの利点もある。

いろいろな立場の方が、裁判員制度の件だけではなく、性犯罪の根本的な問題に、何とかしようといろんなアプローチを試みてくださっている。
いろんな方にお話を伺うほど、勉強になるし、考えさせられるし、元気をもらえる。励まされる。
もともと、いろんな立場の方がいて、いろんな考えがある。それゆえに難しいところもあるかもしれないけれど、だからこそ力をあわせていい具合に発揮できるとも実感した。
逆に全部一致しているというのはちょっと怖い。カルト集団ではないのだから。
思うところ目指すところは、どこか共通しているはず。そこを協力できればと思う。
本来はわたしは、人間が好きだし、仲良くしたい。今までの経過を知っているとそう思えないかもしれないけれど、本当だ。
いろんな立場の方が、いろんな視点で考えて、それを、できるところをそれぞれが協力して動けたら一番いいのに、と思う。

また、真逆の立場の方への説明や反論はかなりのエネルギーを使う。だから今後、余裕がないときはできないかもしれない。手が回らない。
意見は言うけれども状況によっては全部の反響には時間的にも心理的にも対処しきれないかもしれない。
私の存在や意見は、真逆の立場の人にとっては目障りでしかないようだ。もしくは見たくないものは見ない、聞きたくないものは聞かない、という心理が働いているのかもしれない。
意図してか意図せずか、「声をふさごうとする」構造があちこちに見える。

近い感性、感覚を持った人にしか、私の声は響かないのかもしれない。
もしくは見たくない現実を直視できる、強い人。
とても限られた人にしか届かないのかもしれない。

それでも。
性暴力を、暴力として認識してほしい。
性犯罪を、犯罪として認識してほしい。

全ての人に、その意識を実感として、定着してほしい。

そのための階段が、10段あるのか、100段あるのか、10000段あるのか、もしくはもっとなのか。
それは個々人によって違うのだろうけど、その1段とでもなることができれば、とても嬉しい。
このブログを訪れてくれただけでも、わたしにとってはとても嬉しいことだ。こういうことを言っている人もいた、くらいに頭の片隅の片隅にでもおいておいてくれると、とても嬉しい。

手が回らないとぼやきながらも、なにかしら私の“アンテナ”に引っかかったところを、今まで首を突っ込んできた。そのことも、何が私をそうさせているのかも、ぼんやりながらもわかってきた。だから全く後悔はしていない。
なにごとも、やらないと動かない。変わらない。できることをどんどんしていきたい。失敗もするけれど、動いてみてわかることもたくさんあった。
一緒に動いてくださる方と、行動をともにさせていただいて、たくさん得たものがあった。必ずしも満足できる結果ではなくても、動かないと始まらないし、当初思っていたことと違ったということもあるかもしれない。そういうことを知るだけでも、大きな収穫だった。今後の課題や方向性が見えてくるから。

他にも、ここ最近、わたし個人でも、たった一人だけれど、ひどいと思ったことには、抗議して、焼け石に水でほんの少しかもしれないけれど、若干の手ごたえもあった。本当は多くの声を集中できるのが効果的だろう。そういうネットワークもつくれたらいいなあと考えてもいる。

たいしたことはしていないけれど、こうしてあれこれ私が微力ながらも動いているのは、世のため人のためというより、わたし自身のためなのだと思う。わたし自身が幸せになりたい。わたし自身が報われない。もう誰にもこんな辛い思いをしてほしくない。
でも、こうして何かができるようになるなんて、少し前までは思わなかった。思えなかった。
いろんなことに精力的に取り組んでいる先行く仲間を、羨ましく思ったり、諦めや無力感を感じたりもしていた。何もできない自分に焦りと苛立ちを感じたこともあった。罪悪感さえ抱いたりもした。

もし、読んでくださっている方の中で、そういうことを感じている方がいらっしゃるのならば。
どうか自分の回復を最優先に考えてほしい、と伝えたい。
自分のペースで、やりたいことをするというのが、なにより大切だと思う。
私がこうしてささやかながら動いているのも、私がしたいからしているのだから。
どこか共感してくださったり、何か考えてくださったりするだけで、私には大きな助けとなる。
なにより、その存在だけで、私は、とても嬉しい。読んでくださるだけで、とてもとても嬉しい。

私にたくさん言葉をくれた仲間たち。支えてくれた仲間たち。
支援してくださった方々。
今、あちこちで励ましてくださる方々。見守ってくださって応援してくださる方々。理解しようとしてくださる方々。
多くの方に支えられて、今わたしがこうして、ここにいることができている。





ぜひこちらのサイトもご覧ください⇒ 裁判員制度における性暴力事件を考える 

Appendix

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    プロフィール

    てん

    Author:てん
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    itisnot_yourfault★yahoo.co.jp


    性被害にあって十数年たちます。
    刑事裁判経験者です。

    二次被害三次被害等、過酷な経験をし、性被害の後遺症もところどころありますが、それでも、わたしは生きています。今は、生きていてよかったと思います。

    だから、同じ被害にあったあなたたちに伝えたい。
    あなたは何も悪くない。どんな事情があったにしろ、あなたは悪くないのです。どんな特殊性があったにしろ、望みを捨てないでほしいのです。

    悪いのは加害者であり、無理解な社会です。あなたは、何も変わってなどいない。とても素敵なところをいっぱいもっている、素敵な人のままなのだから。


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