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レイプキットの謎

何度か過去記事で言及したのだけれど、
現状、レイプクライシスセンター(ワンストップセンター)がない日本では、
被害後、警察に病院に連れて行ってもらわないと、適切なケアが受けられない。
なぜなら、警察しか、レイプキット(証拠保全などに使うもの)を持っていないからだ。

適切なケアというのは、治療、証拠採取、緊急避妊など、ごくごく当たり前のこと。
(緊急避妊は警察によっては自分で後で行ってくれ、ということにもなっているようで問題)

そして、警察に連絡しても、その場ですぐに告訴の意思を明確にしないと、病院にも連れて行ってもらえない。

怪我をした人をそのまま放置することはないくせに、
どうして性犯罪はそういう扱いをするのか、悲しい。

あくまで噂にすぎないが、
公費で緊急避妊ができるということで、女性が嘘をついて警察に連絡することがあるから、と警察は考えている、ということを、あちこちで、複数の方から聞いた。
おいおい・・・そんな物好きがいるもんかね。何時間も警察に拘束されてまで??

と、かなりこの情報には疑わしさを感じていた私だったが、
最近の報道で、謎が解けたのだった。

http://mainichi.jp/select/today/news/20091122k0000m040114000c.htmlより転載(強調は引用者)

DNA型鑑定試料:全署に冷凍庫配備 警察庁方針2009年11月22日 2時30分 更新:11月22日 3時59分

 警察庁は足利事件の教訓から、DNA型鑑定を実施した鑑定試料について、全国に約1200ある警察署全署にマイナス20度の冷凍庫を配備し、再鑑定に向けた態勢を整える方針を固めた。足利事件では、18年ぶりの再鑑定で菅家利和さん(63)の無罪が確定的になったが、試料が常温で長期間保管されていたため劣化の可能性があり、再鑑定の可否が懸念されていた。冷凍保存が進めば、再鑑定に耐えうる試料が増え、冤罪(えんざい)防止にもつながるとみられる。

 警察の捜査活動全般について定める犯罪捜査規範で、「血液、精液、唾液(だえき)、臓器、毛髪、薬品、爆発物等の鑑識に当たっては、なるべくその全部を用いることなく一部をもって行い、残部は保存しておくなど再鑑識のための考慮を払わなければならない」と規定され、DNA型鑑定試料もこれに基づいて取り扱われている。保管については、03年の鑑定運用指針で冷凍保存を求めている

 警察庁によると、鑑定に使用した試料は証拠の一部として、検察庁に送致することになっている。実際は、検察庁の委託を受けて各都道府県警で保管するのが一般的だ。各警察本部の科学捜査研究所にはマイナス80度の専用冷凍庫が設置されているが、容量には限界がある。そのため十分乾燥させたうえで、担当する警察署で常温保管しているケースが少なくないという。

 08年のDNA型鑑定実施件数は、全国で3万74件に上り、03年比で約26倍に増えている。常温保管される背景には実施件数の急増もあるとみられる。だが、保管が長期にわたれば、試料が腐敗するなど劣化する可能性が高い。足利事件では、常温保管されていた女児の下着からDNAを抽出して再鑑定できたが、試料が劣化して再鑑定できなければ、菅家さんの冤罪を証明することは困難だったとみられる。

 このため、警察庁は再鑑定に備えた環境の充実を検討。良好な状態で試料を長期保存できるとして、マイナス20度の冷凍庫を導入することにした。保管対象を試料自体にするか、抽出したDNAにするかなど、詳細は今後検討する。殺人などの凶悪事件以外にもDNA型鑑定を活用する捜査現場が増えていることから、全警察署への整備を目指す方針だ。【千代崎聖史】

 【DNA型鑑定】

 DNAの塩基配列には特定の繰り返しがあり、この回数が個人で異なることから個人識別できる。警察庁科学警察研究所によるDNA型鑑定は89年に始まり、現在は各警察本部の科学捜査研究所で実施されている。栃木県足利市で90年、4歳の女児が殺害された足利事件も含め、導入当初はMCT118型と呼ばれる鑑定法が主流で、別人が一致する確率は「1000人に1.2人」。STR型と呼ばれる最新の鑑定法では「4兆7000億人に1人」で、ほぼ個人を特定できる。東京高裁が菅家さんの再審決定の判断材料とした再鑑定は、STR型で実施された。




「警察庁によると、鑑定に使用した試料は証拠の一部として、検察庁に送致することになっている。実際は、検察庁の委託を受けて各都道府県警で保管するのが一般的だ。
ということは、
検察を経由しないと、証拠保全ができない。
つまり、検察にまで行くかどうかわからない状態では、何もできない。
証拠をとったはいいが、その後どうしようもできない。
ということなのだろう。

警察は助けてくれるはずと刷り込まれて育っているのに、
「告訴すると今すぐはっきりしないと病院に連れて行かず治療もしないし、証拠もとらないし、緊急避妊もしません。また、すぐに病院に行かないと証拠は消えます、3日すぎると緊急避妊すらできないです」というのは、あまりにきつい現実だ。

深く深く傷ついているのに。
安心して話せる、安全を約束してもらえる、
当然のことをしてもらえる権利が保障されない。

この現状をなんとか変えてほしい。
告訴するべき、なんて私にはとても言えない。
あまりにきつい現実だ。より多くの人に傷つけられたようなものだ。
何度、訴えなければよかったと思ったかわからない。
でも、その現実はおかしいと思う。

この記事にあるように、全ての警察署に冷凍庫を整備して、証拠を保管できるのなら、
告訴するかしないか、被害者が意思を固めるまで、時間を与えてほしいと思う。
性犯罪は被害者の心の傷が深すぎて、すぐには訴えられないということで、2000年に告訴期間6ヶ月が撤廃されたのに、全くその意味がない現状なのだから。

さらに、同じ加害者が何十人、何百人と被害者を出す現状では、
DNAを保管して、被害者が告訴しなくても、何らかのきっかけで逮捕された時には、量刑の判断材料としてほしい、と強く思う。

最近、既に服役している犯罪者が、何年も前に同様の事件(性犯罪)を起こしていることが、
未解決事件の掘り起こしで、DNAが一致して再逮捕、という報道がいくつかあった。
逮捕すると同時に、調べてほしいと、呆れながら思った。
そして、性犯罪をする人間は、モラルがこわれているので、全員とは言わないけれど、他の軽微な犯罪もしている可能性が高い。
そういうことも考慮してほしいとつくづく思う。
軽微な犯罪をした犯罪者にも、DNAをとるようにすれば、犯人不明とされることが、かなり減るように思うのだ。


被害者が安心して、安全にくらせるように。他の被害者を出さないために。
もっと根本的なところに立ち返って考えてほしい。

性犯罪の本質を知ってほしい。
強姦神話にもとづく事件以外も、きちんと犯罪として扱ってほしい。
そして、他の犯罪とは違うところが大きいということも、きちんと考慮してほしい。


同じ内容を別館にもあげます。http://d.hatena.ne.jp/manysided/20091128
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更正、保護観察、再犯対策・・・今更なメモ

注目されだしたから慌てて真剣に更正を考えるらしいの記事で書いたとおり、絶望的刑事訴訟システム後進国の日本は、裁判員裁判で関心が高まってきて慌てて、更正に力を入れ始めるそうです。
外圧がないと変わらないのって、どうなんだ、と、つくづく呆れてしまう。

ともあれ。
今まで放置されていた問題、
そこからなのか、と脱力したくなるけれど、一気に動き始めたようだ。


http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091122-OYT1T00041.htmから転載(強調は引用者)

全刑務所データベース統合、更生効果検証へ


 法務省は、刑務所や拘置所など全国77か所の矯正施設がそれぞれ保有するデータベースを一本化し、受刑者の情報を横断的に検索できるシステムを2011年度から導入する方針を決めた。

 再犯率の高まりを受け、施設への再入所者が以前にどの施設でどんな教育を受けたかを把握してプログラムを見直し、再犯を防ぐことにつなげたい考えだ。

 施設では現在、受刑者ごとに犯罪歴などの基本情報を収録したデータベースをそれぞれ管理している。再入所者が以前、他の施設に入っていたケースでも、当時の状況を知ることはできない。

 最近は、窃盗や覚せい剤を中心に、再犯率が高まり、受刑者に占める再入所者の割合も増えている。01~05年は40%台だったが、06年からは3年連続で50%台となり、昨年は54%だった。また、法務省によると、最近は都道府県を越えて犯罪を繰り返し、前に入った施設とは別の施設に再び入所する受刑者も増えているという。このため、過去の施設で受刑者が受けた、更生に向けた「処遇プログラム」の内容などを把握して再犯防止に役立てることにした。

 新システムでは、受刑者名を入力することで〈1〉入所していた施設〈2〉入所中に受けた教育内容〈3〉受講期間〈4〉指導教官――などを調べることができるようにする。

(2009年11月22日03時06分 読売新聞)



都道府県を越えて犯罪を繰り返し、が最近増えた、って、何言ってるんだか、と呆れてしまう。
昔からだと思うんだけど。
むしろ、今まで住んでいたところに戻らない人が多いのでは?

ちなみに、刑務所には、最初はここ、というランク付けのようなものがあるらしいのです。
(ところが恐ろしいことに、前科がたくさんあっても、刑務所に入るのが初めて、という区分付けなので、性犯罪の場合は特に怖ろしいことになります。)

前の刑務所に入ってたとき、どういう教育を受けていたのか、もしくは受けてなかったのか、
なんて基本的なことも、全く情報共有していなかった、って、もう呆れてしまう。
次の記事を読むと余計にいろいろと勘繰ってしまう。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20091111-OYT1T00556.htm?from=nwlaから転載(強調は引用者)

看守約3千人が出張、1億円「不適切」認定

 建て替え工事を予定する刑務所や拘置所の看守が他施設の視察として、2年間で約3000人が各地に出張し、その費用約1億円が「不適切」と認定されたことが、11日に会計検査院が公表した報告書でわかった。

 法務省は、「受刑者が施設でどのように生活しているか、看守の目で見る必要があった」としているが、同じ施設に2年連続で出張した看守もいた。報告書の提出も義務づけられておらず、検査院は「視察の目的があいまい」と断じている。

 検査院によると、出張費は工事の関連予算の中から支出されていた。2007、08年度を調べたところ、全国77施設中73施設の延べ3066人が出張(全看守は約1万7000人)。総額約1億800万円を使っていた。

 ◆出張後の報告書も不十分◆

 ところが、08年度分では全体の4割ほどしか出張後の報告書が作られていなかった。用紙1枚の簡単な内容のものが目立ち、施設整備の参考になるような視察結果はほとんど見られなかったという。保存期間も1年未満と内規で決められ、07年度分の報告書は1枚も残っていなかった。

 さらに検査院が出張記録を分析したところ、1泊2日の出張では初日に3時間ほど施設を見学しただけで、翌日は施設に立ち寄らず帰途に就くケースが多数あった3人以上で出張したケースが全体の3割を占めたほか、2年連続で同じ看守が同じ施設に出向いたケースも16件、定年間際の看守を出張させたケースも139件あった。

 法務省矯正局は「施設の建て替えの際には、受刑者の動きのチェックなど、実際の処遇にあたる看守の意見は重要で、出張は必要なもの」と説明している。しかし検査院は「報告書の提出も義務づけないようでは、看守の出張に明確な目的があるとは言えない」として、看守の出張費の全額を不適切と認定した。

 同省は今後、報告書の作成を義務付け、保存期間も5年にするとしている。

(2009年11月11日13時17分 読売新聞)



情報共有していないのなら、視察は必要だったのだろう。
というか、情報共有して、視察に行くのは、参考になりそうなところだけにする、というのが普通の考えだと思うのだけど。
でも、
『1泊2日の出張では初日に3時間ほど施設を見学しただけで、翌日は施設に立ち寄らず帰途に就く』ってのは、ありえないだろう。

『3人以上で出張した』『2年連続で同じ看守が同じ施設に出向いた』
というのも、遊びと勘繰られても仕方あるまい。

『定年間際の看守を出張させた』
これはさすがに・・・ないでしょう。

そりゃあ、これだけ聞いても、看守の出張に明確な目的があるとは言えない、と判断してしまう。
出張にかこつけて遊んでると思われても仕方ない。
税金使って遊ぶなーと、思ってしまうのでした。
もう、さらにさらに脱力。


次いこう。
「再犯対策が、日本の治安を維持するかぎを握っている」なんて、
またまた当たり前のことを今から言っています。
あわせて予防教育もしっかりやってほしいです。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20091122-OYT1T01053.htm?ref=magから転載(強調は引用者)

犯罪白書 窃盗と覚せい剤の再犯を断て(11月23日付・読売社説)


 盗みと覚せい剤犯罪を繰り返させない手だてを講じる。我々が安心して生活できる社会にするには、それがポイントの一つといえよう。

 法務省がまとめた今年の犯罪白書のテーマは「再犯防止施策の充実」だ。白書は一昨年も「再犯」を取り上げたが、検挙された者のうち、再犯者が占める割合はその後も増え続けている。昨年は42%に上った。

 再犯対策が、日本の治安を維持するかぎを握っている

 白書は再犯率が高いとされてきた窃盗と覚せい剤犯罪の現状を分析した。その結果、このどちらかの犯罪で刑務所に再入所した者の7割以上が、前回も同じ罪名で服役しているという実態が浮かび上がった。

 他の犯罪に比べ、極めて高い割合である。一度、窃盗と覚せい剤に手を染めると、また同じ罪を犯しやすいことの証左だろう。

 窃盗の中で最も多いのは万引きだ。盗みを犯す動機としては、男女とも「生活費の困窮」がトップとなっている。定職に就いている人の再犯率が、無職やアルバイトなどの場合と比較して低いという傾向も表れている。

 法務省と厚生労働省が連携し、ハローワークなどで出所者らへの就労支援策を充実させていくことが肝要である。厳しい経済状況ではあるが、出所者を雇用する事業主の開拓も欠かせない。

 覚せい剤についても、全体としては無職者の再犯率が高い。ただ、注目すべきは、家族などと同居していない単身者の場合には、定職に就いていても再犯率は下がらないということだ。

 覚せい剤の再犯を防ぐには、就労とともに、同居者の監視の目が必要だということだろう。単身者に対しては、定期的に尿検査を実施したり、生活状況をチェックしたりする保護観察官の役割がより重要である。

 法務省は、処遇が難しい出所者の受け皿となる自立更生促進センターの整備を進めている。だが、地域住民の反対運動で、整備計画は大幅に遅れている。

 覚せい剤犯罪で服役した者に対しては、刑務所内での矯正教育だけでなく、こうしたセンターで「脱・覚せい剤」の教育プログラムなどを受けさせ、社会復帰させる体制を整えるべきだろう。

 芸能人が逮捕されるなど、覚せい剤の蔓延(まんえん)は、大きな社会問題となっている。法務省は、センターの必要性を広く訴え、理解を得ていく必要がある。

(2009年11月23日01時05分 読売新聞)


再犯がおそろしく高く、逮捕されたときには、犯人が自白した以外にもおそろしく沢山の余罪がある性犯罪は、どうなるんだろう。すごく不安。
こっちもちゃんと考えてほしい。

覚せい剤のことを書いてあるけど、たしかに最近、芸能人の事件で騒ぎになったけど、既にずっと前から、あちこちで売ってたのに。
つくづく注目されないとやる気にならないのだな。

保護観察についても、外圧がないと放置するつもりだったらしいです。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20091123-OYT1T00063.htmから転載(強調は引用者)


裁判員裁判、猶予判決の7割に保護観察


 全国の裁判員裁判で10月末までに言い渡された執行猶予判決のうち、保護観察を付けたケースが7割に上ることが、読売新聞の調べでわかった。

 昨年の保護観察付き判決は過去最低の8・3%にとどまっており、市民の司法参加で大幅に増えた形だ。これまでは執行猶予付き判決の中でも悪質な事案に付される例が多かったが、識者は「裁判員裁判で保護観察の意味合いが変わった。社会が被告の更生を見守る手段として活用している」と指摘する。

 犯罪白書によると、1960年代まで執行猶予判決の2割前後に保護観察が付けられたが、2003年に1割を割り込み、08年は過去最低だった。

 しかし、裁判員裁判では10月末までに判決があった46件のうち、10件で執行猶予付き判決が言い渡され、このうち7件で保護観察が付けられた。家族間の事件や、判決で「更生を誓っているが、意志が弱い」と指摘した被告に付される例が目立つ。

 山口地裁は9月、夫が妻の長い介護に疲れて妻を殺害しようとした殺人未遂事件で、懲役3年、保護観察付き執行猶予4年を言い渡した。判決は「被告と被害者の関係や生活環境を整え、再犯を確実に防止するため」と更生を重視した。

 懲役4年を求刑した山口地検の市川幸一検事は判決後、「被告は公判で『前向きに生きたい』と述べており、被告の立ち直りに保護観察制度が十分に機能するのではないか」と受け止め、控訴を見送った。

 9月の神戸地裁での殺人未遂事件でも、父親の頭部を灰皿で殴った被告に対し、判決は「一度は、父親の協力と保護観察機関による指導監督の下、社会の中で更生する機会を与えるのが相当」と保護観察を選択した。この裁判で裁判員を務めた男性は「被告には監督できる人が欠かせない」と思ったという。

 元裁判官の春田久美子弁護士(福岡県弁護士会)は「被告が執行猶予で即、『野放し』の状態になることに、裁判員は違和感があるのだろう」と分析。元大阪地検検事正の佐藤信昭弁護士(大阪弁護士会)は「被告に対して何らかの公的な支援があることで、裁判員も安心なのでは。今後、新たな量刑相場になるかもしれない」とみる。

 神戸地裁の裁判を傍聴した渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)は「被告と一緒に社会が更生を考える、手を差し伸べるという裁判員らの意思表示。裁くのも市民だが、更生を手助けするのも市民、ということだ」と評価。「裁判員裁判を通じて保護観察に光が当たることで、制度自体も改善され、良い影響が出るだろう」と期待している。

(2009年11月23日03時02分 読売新聞)



裁判員制度がなければ、闇に隠して、改善する気は全くなかった、というふうに読めてしまう。


法務省は、今までいったい何をしていたんだろう。
ため息しか出ない。

※同じ記事を別館にもあげます。http://d.hatena.ne.jp/manysided/20091125

「しあわせなみだ」ウェブサイト開設のお知らせ

内閣府への要望とりまとめ等でたいへんお世話になりました、
「しあわせなみだ」様が、ウェブサイトを開設されました。

諸事情により、ご紹介が遅くなりたいへん申し訳ありませんでした。


たいへん素敵なウェブサイトは、こちらです。
性暴力被害ゼロネットワーク しあわせなみだ

被害に遭われた方への具体的なアドバイスとあたたかいメッセージ、
そして、身近な人が被害に遭った方へのメッセージ、等、
とても充実しています。

皆様も、ぜひご覧くださいね。

「夜想」を読んだ

11月に文庫化され、興味を持ったので読んだ本。
一気に読んでしまった。
なんだかいろいろ考えさせられました。


心に傷を負った人の描写がとてもうまいなと思った。
怪しげな方向にいくんじゃないかと、読んでいるこっちもはらはらして疑心暗鬼になったり。
まずいまずい、と思っているうちに、
とんでもないことがおこって、それで、いろいろな問題が表面化して。

でも、それが逆に、真実と、自分の心に向き合う結果になって。
よい結末でした。

主人公がたどりついた考えが、とても良かった。
深い傷は、無理に癒そうとしなくてもいい、というようなこと。
そう思うとよけいに辛くなる、と。
そっか・・・なんとなく私もそう思っていたけれど、それでいいんだなと思った。

あと、よく誤解されるのだけれど、
やりたいからやる、それが自分がやりたいことだから、というのは大事なこと。
完全に誰かのためにだけで自分の気持ちは無視、というのは危うい。
それは本当にあちこちで実感する。

共依存、自分の問題に目をそらすためにのめりこむ怖さ。
周囲との温度差や自分の理想、視野の持ち方、などなど。
いろいろなことを考えさせられました。


宗教 (実際には違うんだけど。でも宗教とは何だ、ということも考えさせられた) を通して
描かれていることも、
なんだか、たとえば仕事とか、趣味とか、なんらかの活動とか、
他のことにも共通しているなあと思ったのでした。

ちなみに私は無宗教です。
宗教系のトラブルとかは巻き込まれたことないけれど、
残念ながら、弱っているのに乗じて、つけこんでくる人もいるのだろうなあと思った。


作者の貫井徳郎氏の本は、他に「慟哭」を読んだことがあって。
ずいぶん印象が変わったなあというのが全体をとおしての感想。
今調べて知ったのだけれど、加納朋子氏と結婚されているそう。
こちらも大好きな作家さんです。

あ、貫井徳郎氏の本、「さよならの代わりに」も読んだことがあった。
他にもあるかもしれない・・・。
「慟哭」はなんだか重く苦しかったのを覚えているのだけれど。
ミステリーはここ数年は全く読んでなかったので忘れてるのかも・・・。
ともあれ力量のある作者さんだと思います。


夜想 (文春文庫)夜想 (文春文庫)
(2009/11/10)
貫井 徳郎

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精神の健康に必要な5つの力

実は、暴力からの回復の過程は、共通しているところがたくさんある。
暴力と一言で言っても、
DVであったり、虐待であったり、いじめ、モラハラ、パワハラ、セクハラ、ストーカーなど、
様々な暴力があるけれど。
(参考 : “暴力”  “人権” を改めて考える )

性暴力は、破壊的ダメージを与え、性に関して加えられた暴力であるゆえに、
おかしな色付けがなされ、よけいに苦しむこととなる。
(参考 : 性被害についての認識のずれ )


でもやはり、暴力、外傷、という点では、共通しているところは多い。
かの有名な、トラウマ、PTSDの専門書である「心的外傷と回復」。
素晴らしい本。
ただ、これは専門書ゆえに分厚く、難解なところもあり、簡単には読めない。
ずたずたな自分の心にに向き合うのってただでさえ苦しいから、余計にそうだと思う。

少なくとも、私は、そうだった。気力がないとき。
ひどい鬱やPTSDに悩まされていて集中すること自体が困難だったりしたとき。
本を読む、勉強する、というのは、本当にできなかった。

心的外傷と回復心的外傷と回復
(1999/11)
ジュディス・L. ハーマン

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最近見つけた本で、良いと思ったもの。
やさしい語り口で、さらさらっと読めるのがいい。
何より、薄い本なのだけど、かなり重要なことがぎゅっとたくさん詰まっている。

傷ついたあなたへ―わたしがわたしを大切にするということ DVトラウマからの回復ワークブック傷ついたあなたへ―わたしがわたしを大切にするということ DVトラウマからの回復ワークブック
(2005/11)
レジリエンス

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引用させていただきたいところは、たくさんあるのだけれど。
今日はその一部を。

精神の健康に必要な5つの力

精神的に健康であるためには、5つの要素を保つことが大切です。

①安全・安心
②信頼
③愛情
④自分の力・コントロール
⑤自尊心

DVや虐待(※引用者註//性暴力も同様) はこうした5つの要素を打ち消してしまいます。



①安全・安心

 暴力や危険をもたらす環境では安全感をもてません。安全感をとりもどすにはまず危険や暴力から離れることです。離れられない場合は、生活の中で安全な時間や空間を作るように心がけることです。それだけではまだ十分に安全を感じられない場合でも、毎日同じことの繰り返しを経験していくと安心感がもどってきます。(略)長い期間安全な毎日が繰り返されることで安全・安心を信じられるようになります。


②信頼

 身近な関係でありながら自分に虐待を続けるパートナー(※引用者註//加害者や二次加害者も同じ) との関係は信頼して関係を築く力を衰えさせます。安全な環境を手に入れると、以前よりも注意深く、本当に信頼できる人に対して信頼感をもつようになります。


③愛情

 自分を愛してくれるはずのパートナー(※引用者註//加害者や二次加害者も同じ) からの暴力は愛情を感じたり与えたりする力を奪います。安全感を得、信頼感がもどると愛情を感じたり与えたりすることができるようになってきます。


④自分をよい状態にコントロールする力

 暴力のある環境から離れられないと感じていたり、パートナー(※引用者註//加害者や二次加害者も同じ) にはかなわないと感じている時は自分をよい状態にコントロールする力がもう自分にはないように感じられます。しかしその環境から離れて自分をコントロールする力に自信がもてるようになります。また今までは相手の機嫌にばかり焦点をあてていましたが、自分の状態に焦点をあてて自分のケアに時間が使えるようになります。


⑤自尊心

 暴力があったり、尊重されなかったり、本来自分がもっている力を感じられなくなる環境は自尊心を容赦なくうばいます。しかし環境が整ってくる中で、自分を大切な尊い存在、人に愛されるのに値する人間であると感じられるようになり自尊心が高まります。


 5つの要素がそろうと自分の精神の安定がもどり自分らしく輝くようになります。


                       「傷ついたあなたへ―わたしがわたしを大切にするということ
                             DVトラウマからの回復ワークブック」 p34~36



註、で書いたのは、私の経験から。


ひどいことをされたら傷つくのは当たり前。

でも、目に見えない形で傷ついていると、よけいに周囲の無理解で孤立してしまうかもしれない。
精神的な症状、病に関しては、まだまだ偏見が横行していることもあって。
怪我をして血を流している人には言わないことを、
心が大けがしてずたずたにぼろぼろになっている人には、言われてしまう現実。

本当に、身体的な病気と同じで。
脳の中の物質の変化で、引き起こされる症状なのだけれど、なかなか理解してもらえない。


でも、声を大にしていいたい。
性暴力は、上記の、5つの要素をことごとく奪うのだ。


被害に遭われた方へ。
どうか、自分を責めないでください。
もうじゅうぶんすぎるほど傷ついているのだから、
どうか、ご自分を、いたわってあげてください。

傷ついたら、休んで、回復する権利があります。
何もできない、と思っても。
苦しくて苦しくて、どうしようもないと思っても。
それも全て、回復へと向かっているのだと私は思うのです。

弱ってしまったように思えても。
何もかもが変わってしまったように思えても。

ただ、一時的にダメージを受けてしまっただけで。
あなた本来の、持っている力。強さ。
そういったものは、実は、何も変わってはいないのだから。

何度でも、何度でも、言いたい。
あなたは、なんにも、悪くないのです。

注目されだしたから慌てて真剣に更正を考えるらしい

裁判員裁判が各地で一斉に始まりだして、胸が痛むとともに、
いろんな報道を見て、何を今更、と、思うことが多い。
そんなの、ずっと前からそうだったでしょう、というくらい、根本的なところが問題視されている。
裁判員裁判に限らない、とつくづく思う。
世間に実態が知られていない歯がゆさに、苛立ちを感じてしまう。
ようやく問題にされはじめたか、と思ったのは、私だけではないはず。



たとえば、更正について。

http://mainichi.jp/area/ibaraki/news/20091119ddlk08040119000c.htmlより転載
(強調は引用者)

シンポジウム:法曹三者、更生保護を議論
「裁判員裁判で関心増」--常陸太田 /茨城


更生保護制度施行60周年を記念するシンポジウムが、常陸太田市中城町の市民交流センターで開かれた県更生保護大会に合わせて行われ、「裁判員制度時代の更生保護」をテーマに、水戸地裁の鈴嶋晋一判事▽水戸地検の上本哲治検事▽谷萩陽一弁護士の3人が議論した。

 保護司ら約900人を前に鈴嶋判事は、5月の裁判員制度開始後の変化ついて「(評議で)裁判員が保護観察の実態などに関心を向けるのは自然ではないか」と指摘。上本検事も、市民の裁判員参加を通じ「矯正や保護の分野への要望も出てくる」と述べ、執行猶予判決を下すにあたって、更生保護制度への注文が増えるとの見通しを示した。

 犯罪白書によると、08年は保護観察を付ける判決が執行猶予判決全体の8・3%だったのに対し、裁判員裁判開始から10月9日までの5件の執行猶予判決のうち、すべてに保護観察が付いた。谷萩弁護士は「保護司の役割が大きくなっている」と述べた。【杣谷健太】


実態が知られたらまずい、というように読める。
そりゃ、私は実態を痛いほど知っているけれど。
保護観察なんて、判決受けた被告人は、無視しまくってるけど、
戦後65年近く、今までずっと放置してたくせに、と腹立たしい限り。


今まできちんとしてきたのであれば、注文は増えないと思う。
増えるのなら、今までの現状を反省する必要があるでしょう。
(実態を知っている私は、根本からひっくり返すほど変えていかないと駄目だ、
と前から思っていたけれど)

ともかく、変えていってください。
今まできちんとしてこなかったツケがまわってきて大変だろうけど、
刑事裁判の意味がない、ってくらい、
その後は知らん、という姿勢で、
無責任極まりない、勝手なことをしてきたのだから。
もっとずっと前から、真剣に、再犯や更正の可能性を考えるべきだったのだ。

注目されないと考えない、外圧がないと適当にやるのだな、とつくづく思う。
どういう人間が法曹になるのか。
どういう教育を受けて、どういう研修を受けて、法曹になるのか。
もっと、世間は、知ってほしい。
とても安心して暮らしてはいられない現状なのだから。


ちなみにこんな記事も見つけた。


http://mainichi.jp/select/jiken/news/20091121k0000m040093000c.htmlより転載

保護観察:元被告、観察所出頭せず 裁判員裁判で執行猶予

 横浜地裁で10月にあった裁判員裁判で、懲役3年、保護観察付き執行猶予5年の判決が確定した元被告の男性(21)が釈放後、所在不明になり、横浜保護観察所に出頭していないことが20日分かった。関係者によると、男性は保護観察所に現住所を知らせていないという。

 男性は勤務先の社員寮で2月、傘にライターで火を付け、柱などに燃え移らせたとして現住建造物等放火罪で起訴された。公判では柱まで燃える認識の有無が争点となった。地裁は10月8日、より法定刑の軽い建造物等以外放火罪を適用し、更生を期待して有罪判決(求刑・懲役4年)を言い渡した。

 横浜保護観察所によると、通常は保護観察付き判決の確定後、元被告は2~3週間以内に保護観察所に出頭したうえ、担当保護司との定期的な面会なども義務づけられている。保護司への連絡を怠ると、執行猶予が取り消されることもあるという。【杉埜水脈、池田知広】



いやいや、こんなのよくある話だっただろうに。
なんで、初めてのような扱いをしているのか、さっぱりわかんない。
腹立たしい限りだ。


別館にも同じ記事をあげます。http://d.hatena.ne.jp/manysided/20091121

わかってほしい気持ちの行方

わかってほしい、という気持ち。
中途半端な同情や、説教なんていらない。
ただ、理解してほしい。
理解できなくても、理解してほしい。

その想いが強すぎて、
よくないなぁと思うことがある。

失敗したな・・・とも。


その人にとって大切なものに関わるものであれば、
それを否定したり押し付けたりするのは、
単なる私のエゴだ。

うまく距離がとれないというか、
ふみこみすぎた、ごめんなさい、
と思うとき。

申し訳ないなあと思う。


わたし自身、当初はよくわからなかったけど、
まあそう思うのも仕方ないよね・・・と
少し相手のことを理解できるかな、と思うときがあるのだから、
相手だって、すぐにわかってもらえるわけじゃない。

特に、「被害者」というのを明らかにすると、
わかってほしい、という意図が、
どうもずれて捉えられているように思ったりもする。
うまく言葉にできなくて、違和感を感じるのだけれど。
(このあたりはまた言葉が見つかったら書く)


曖昧なのが苦手なわたし。
はっきり言ってよ、と思うことが多いのだけれど。
はっきり言いたくない、
相手を傷つけたくない、
もしくははっきり言うことに慣れていないのであれば、
それを、相手に求めるのも、エゴだろう。

はっきり言ってよ、と思うとき、
たいてい、私もはっきり言うから。
なんてことを思ってしまっているのだ。
要するに自分がはっきり言いたいだけで、
そして、相手の心を把握したいだけなのだな、と。

最近、これに気付いたのだけれど。

気付いてからは、
はっきり言いたい権利も、
はっきり言いたくない権利も、
両方同じくらい尊重されなくてはならないと思うようになった。


アサーティブネス、アサーション、等の言葉で語られる、
「自分も相手も大切にして主張する」
というのは、本当に難しいと思う。

アサーティブに慣れると、
アサーティブでない相手に、
いらいらっとしてしまう時期があると聞いた。
確かにそのとおりだ。
でも、それも、私のエゴにすぎない。


カウンセラーの先生に、
アサーティブでいるのがいい、ということと、
アサーティブでいるのが自分では楽、ということの
違いは何かしら。
と言われて。

上に書いたようなことに、気付いたのだった。


特にうちのパートナーは、
とにかく曖昧が大好きなので、
それこそ本気でいらいらすることもあるけれど。
それはそれなりにいい点でもあるのだろう。
なぜなら、この人のゆるやかさに、ずいぶん助けられてもいるのだから。
(ゆるやかすぎて、「別れなさーい」と心配されたりもするけれど)


昨日今日と、綺麗な夕やけを2日続けて見ることができた。
オレンジのような赤紫のような、雲の色を見ながら、ふと思ったこと。


たぶん、私は、
公平、平等、というものを、すごく求めてしまうのだろう。


そして、
わかってほしい、というエネルギーがすごく強くて、
自分でももてあましてしまうほどだ。


何を言っても、何をしても無駄、という、
学習性無力感から抜け出すことができたのはいいけれど。
今度は、逆に、わかってほしい、知ってほしい、というエネルギーの調節に、一苦労してしまう。

でも、わかってほしい、知ってほしい、と思うことと、
だから、あなたもこう思ってほしい、と押し付けるのは違うのだ。
それは自戒していたつもりだけれど、
エネルギーが強すぎて、相手には脅威に思ったりもするのだろう。


あんまり相手を追いつめないように、と、
リアルの知り合いにさりげなく言われたりもするので、
たしかに、理詰めで相手を窮屈にさせてしまうところもあるのだろう。
(田舎に住んでいるし・・・)

それがいいように働くこともあるけれど。
本来の「敵」でない相手には、すごく居心地が悪い。


口が達者と言われるけど、
でも、やりこめて満足することは私はないのだ。
大切な相手であればあるほど。
むしろ、落ち込んでしまう。


ずぼらなくせに、変に完ぺき主義なところもあって。
うまくやろうとすると、やる前からすごく疲れてしまったりもする。
そういうような悩みを話すと、
「最終目標を、その都度たてる」と、アドバイスしてもらった。

とても大切なこと。
忘れてしまうと、なにがなんだかわからなくなってしまう。
胸に刻もう。


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声を聴かせてください

ブログにはあまり書けないのですが、
水面下で動いてはいます。
加害者や加害者親族、そして二次加害者や三次加害者に、
居場所を知られたくないので、あまり書けないのですが・・・


簡単に言うと、
私なりの「働きかけ」を行っております。
恥をかきたくない、というだけかもしれませんが、
聞く姿勢を持ってくれています。
ま、あまり期待できないな、と思ったところについても、
最初のひどさに比べると、少しは変化を見せております。

なにしろ、民事と刑事では、性犯罪は十年くらい、状況が違いますので、
彼らなりの勉強する姿勢はあります。
とはいえ、「そこからかいっ」と言いたくなるくらいですが・・・。

曖昧に書くしかできないので、変な表現になりますが。
ものすごく生意気なことを承知で言うと・・・
母のような海のような広い広い心で(苦笑)
「・・・するのよ~」「・・・しちゃだめですよ~」
と念押ししながら、
「しっかりおやり~」とお尻を叩いているようなものです。

機嫌を損ねないよう、聞いてもらえるよう、言葉や言い方を選びながら。
(とはいえ、一部失敗したりもしているのです。)
話し方も難しいし、資料も段階に応じて選ばなくてはならないです。

今のところ、そういう形で、遠方から攻めていくしかないように思います。
「神話」をくつがえすために。
歯がゆいように思いますが、
結局は人なので、
聞く耳を持ってくれている人を、大事にしようと思います。
遠回りではあっても、近道になることもあるかもしれません。
案外、ちょっとしたことが、大切なのだなと最近思います。


道のりはまだまだ遠いですが、
でも、やってみるものだな、と思います。
相手にもよるのでしょうが、
改善しようという気配が見えると、
私は素直に嬉しいです。



その他、これをしたいな、と、現時点で考えていること。

・判例を変えよう運動
・不起訴理由のおかしさを指摘しよう運動

伝える手段は、模索中です。
しかし、簡単な報道でしか詳細がわからないので、難しいなとも思います。
ただ、とにかく、関係者は「神話」を信じきっているので、
いろんな角度から崩していくことが必要なのは間違いないでしょう。

これは長年継続してやっていく必要があると思います。



方法は思いつかないけれど突破口を探していること

・取調べ可視化を、性犯罪被害者を対象に、先に導入してほしい
(質問され、それに答えたものが、正確に反映されずに物語調でつくられる調書。
 これをなんとかしたいです。あまりに精神的負担が大きすぎます)
・被害者が示談する意味、したくてするわけではない、ということを訴えて、
 刑事裁判における示談の扱いを変える

等々、です。
現時点では、理解してくれそうな人に、伝えている段階です。
これを、どうやって、影響力のある人に働きかけるか、が問題です。


細かく分けると他にも山ほどあるのですが・・・
報道のあり方や、記者クラブに自動的にいってしまう情報の扱い方、
なども、重要だと思います。
ネット社会、情報化社会で、どこからどう情報がいくのか、
怖いなとつくづく思います。

あまりに根深く多岐にわたる問題だらけですが、
小さな動きでも、積み重ねることが大切なのかもしれないと思います。
いつか、大きな流れの一部となれば、とても嬉しいです。


被害に遭われた方、
もしよろしければ、
あなたの声を、聴かせてください。

わたし自身の知らないことが、まだ、たくさんあると思います。

自己嫌悪におちいったとき

手放せない本。
「生きる勇気と癒す力」。

なんだか疲れた・・・と思うとき、読みたい箇所だけ読むと、ふしぎと心が楽になる。
今までは、この本に書いてある、虐待者は、加害者のことだけだと思っていたけれど、
二次加害者、三次加害者も入るのだなあとつくづく思った。

とはいえ、気持ちを立て直すのは、なかなかに難しい。


最近は、このあたりを読んで、しみじみと、そのとおりだなあと感じていた。


 自尊心は瞬間、瞬間に感じるものです。自己評価は、癒しの過程で上がったり下がったりします。記憶を取り戻したばかりで、自分に起きたことを真実として受け入れようと闘っているときや、虐待者について考えているときは、自己嫌悪が何より強まった、と感じるかもしれません。虐待の記憶とともに押し込められてきた羞恥心、無力感、嫌悪感などが、記憶が甦るにつれて浮上してくるのです。
 しかし、癒しに伴うのは痛みだけではありません。自分を愛することも学びます。犠牲者ではなく、生き抜いてきた自分を誇らしく感じるようになるにつれて、希望や誇りや満足感の煌めきを感じるようになるでしょう。これらは癒しの自然な副産物なのです。
(略)
 虐待によって、自分は無力で孤独な存在であり、守られ愛される価値のない人間だ、というメッセージを受けとります。無視されたり、放置されることで、基本的価値が否定され、自分は世の中に何の影響も与えられない、どうでもいい人間なのだと学んでしまうのです。
 自尊心が何度も否定されると、自分はどこかおかしいと思うようになります。子ども時代に受けた否定的メッセージのせいで、自分はセックスしか取柄がない、愛されない人間だ、自分には生きる価値がない、とさえ思えてきます。エレンは言います。「性的侵害を受けると自己破壊性が植えつけられ、そのやり方を身につけてしまうと、虐待者が近くにいなくても、ひとりでに自分をおとしめてしまいます。その間、加害者はゴルフを楽しんでいるかもしれないのに」 こうした自己破壊性は、あなたを支える肯定的な価値観と闘っています。

                                「生きる勇気と癒す力」 p190~191より引用




たくさん味方をつくって、わかってくれる人をふやしていく。
これが、多分、今の私がしたいこと。今の私に必要なこと。


同情はいらない。
ただ、理解してほしい。
理解できなくても、理解しようとしてほしい。
それが、何より、嬉しい。


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過去の亡霊

私は、自分の意思の及ばぬところで、
被害に遭ったということが知れ渡ってしまったせいか、
二次加害者というか三次加害者が多い。

知らない人が見に来たり。
知っている人からあれこれ探られたり。
はては脅されたり。

ほんとうにほんとうに、嫌な思いをした。
被害そのものよりも、
普通に暮らしたいのに、普通に暮らせないということの方が、きつかった。

もちろん、何も変わらずそっと見守ってくれる存在もあったのだけれど。
それも吹き飛んでしまうくらい、受けるダメージが大きくて。
世界中が敵になってしまったような感覚だった。

あまりにおかしな現実に。
加害者が守られ被害者がおとしめられる現実に。
そして、警察も検察も、法律も裁判官も、何もかも。
おかしいと知り。

社会不信、人間不信に陥った。


今はなんとか普通に暮らしているけれど。
それは、私がついにダウンして、姿を消したから。
そしてなんとか平穏な生活を手に入れた。

とはいえ、狭い日本なので、何らかのつながりはどうしても切れないのである。
最低限、ひどいことをしてきた二次加害者や三次加害者(もはや区別が曖昧)とは
縁を切るよう、身の安全を確保できるようにした。
いや、身の安全というより、心の安全かもしれない。
あまりにひどいことをされると、警戒心がおそろしく強くなるものだ。


なんでこんなに、私が犯罪者のように、隠れないといけないのだろう。
つくづくおかしいと思った。
でも、それが現実であり、自分が迫害のような差別の対象となってしまったのも現実だった。
それに甘んじるしかできず、あまりの無力感に打ちひしがれた。

私と同じような生活を強いられた人が、この世の中に、日本にどれだけいるのだろう。
そう考えて、私しかいないのではないかとも思った。

台風の目とでも言うべきか、
普通に暮らすのが望みで普通に暮らしたい限り、
たぶん興味本位で見に来た人には奇異に映ったであろうくらい、
私はふつうに過ごそうとしていた。
いや、ふつうに過ごすことで、事実を知った人に、この人ではないのだな、と
思ってほしかった、ということかもしれなかった。

とはいえ、引っ越したり具合が悪くなったり、原家族に絶縁されたり、
生活の変化はあったわけで。
そういうことを隠したり取り繕ったりするのに大変だった。

よく生きてきたなあというのが正直な感想だ。



とはいえ、あまり衝撃を与えたくはないのだけれど、
実は、被害が公になった決定的な出来事があったとき、
私は本気で死のうとしたのだった。
被害に遭ってから、ずっと苦しくて苦しくて、気が狂いそうだった。
自分がゾンビのように、自分だけ白黒で、カラーの世界に紛れ込んでしまったように感じた。
異物だと思った。

いてはいけない存在。ドロドロに汚く汚れたような存在。
結婚するまでは、という純潔主義でも当然なければ、
彼氏とそういうことをするのはたぶん普通だと思ったし、
性経験がないというわけでもないのに、
ふしぎと、汚く汚れたという感覚はあった。

(たちが悪いのは、これが被害後すぐ、というわけではなくて、
 じわじわ、という感じだったので、
 よけいに自分でも混乱したし、 周囲も戸惑ったと思う。)


なぜかはわからない。
でも、とにかく、「生きる屍」、という言葉がぴったりだった。
「屍」という漢字が表現するものを妙に納得したりした。

その「生きる屍」が、なんとか必死で生きようとしていたとき。
どん底に突き落とされた。

もう、ダメだ、と静かに思った。
知ったときには、体ががくがく震えたけれど、ふしぎと、その後は、冷静だった。
もう明日は、この世界でこの空気を吸っていない。
こうして歩いているけれど、それも最後だ。

とても、不思議な気がした。

死ぬと決めてからは、なんだかとても楽になった。
どうしてもっと早くこうしなかったのだろうとさえ思った。
まだ家族にも話せなかったときだった。
実家にいたときだったので、とにかく迷惑をかけないようにしようと思った。

遺書は外で書いた。
人がたくさん行きかう雑踏の中で、空いていたファーストフード店で。
この世界と訣別しようとしている私が、
まるで何事もないような顔をしてその中にいるのが、なんだかとても不思議だった。
違和感を感じながらも、こういうものかもしれないとも思った。

そして、その準備をしていたとき。
そのときも、とても不思議だった。
必要なものを買うときも。
静かにタイミングを見計らっているときも。


外出に誘う家族を適当な口実で断り、
もう会えないんだなと思いながらも、
ふしぎと笑顔で見送る私がいた。
帰ってきたときの騒ぎを思うと申し訳なかった。
ただ、それでも、もう仕方がないと思った。
これしか方法はないのだからと。





なんだか文脈がおかしいですね・・・。
自分のことを書こうとすると、話がそれまくるのを感じます。
この記事、アップするかどうか迷いました。
どの程度詳しく書くかも。
途中で切ろうかとも思いました。



ただ、
死にたいほど苦しいという思いを何度も何度もしながらも、
なんとか不思議と生きているわたしが、ここにいる、という事実を
知ってほしいとも思いました。


どうか生きてください。

被害にあった経緯は、落ち度、とされることだらけで、
それをわかってもらうにはいくつものハードルがある私です。

今ごろになってまた現れた、過去の亡霊に悩まされながらも、
それでも、わかってくれる人はわかってくれる、というのを実感しています。
わからない人とは、いつの日か、それほどはっきりした形でなくても、
道がわかれていったと、今は思うのです。


びくびくせずに、でも、自分の身を守りながら、
誹謗中傷には立ち向かっていきたいと思います。



なにも悪くない人を責める社会、
被害者が生きづらい社会を、なんとかしていきたいです。






  神よ、変えることのできないものを受け入れる平静さを、
  変えるべきものを変える勇気を、
  そしてそれらを識別する知恵を与えたまえ


                         ラインホルト・ニーバーの祈り






別館にも同じ内容をあげておきます。http://d.hatena.ne.jp/manysided/20091116


Appendix

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    ※ こちらは性暴力被害当事者、性暴力に理解のある方、管理人と友好関係にある方向けです。   
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    ※ 引用する際には必ずTBをお願い致します。ただし性暴力被害者が傷つく可能性があるものは、承認しない場合があります。

    プロフィール

    Author:てん
    メール:

    (※★→@で送信可)
    itisnot_yourfault★yahoo.co.jp


    性被害にあって十数年たちます。
    刑事裁判経験者です。

    二次被害三次被害等、過酷な経験をし、性被害の後遺症もところどころありますが、それでも、わたしは生きています。今は、生きていてよかったと思います。

    だから、同じ被害にあったあなたたちに伝えたい。
    あなたは何も悪くない。どんな事情があったにしろ、あなたは悪くないのです。どんな特殊性があったにしろ、望みを捨てないでほしいのです。

    悪いのは加害者であり、無理解な社会です。あなたは、何も変わってなどいない。とても素敵なところをいっぱいもっている、素敵な人のままなのだから。


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