Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

狙われたら最後

加害者はとても用意周到に、計画的に犯行を行う。

狙われたら最後、逃れる術はない。


性欲が異常な、めったにいないようなごく僅かな男性が、「つい」衝動的に行う犯行ではないのだ。
弱いものを恐怖に陥れ、最大限の屈辱を味あわせ苦しめることを喜ぶ、人間のクズが行う犯罪だ。
暴力でしかないのだ。
性という側面に捉われると、本質が見えなくなる。

検察も裁判官も相変わらず判を押したように「性欲」云々の話をし続けているが、
いったいいつまでそういうことをやっているつもりなのか。


世間も、いつまで「自衛」で防げるなんて思っているのか。

性犯罪に限らず、犯罪者はとても多い。
身近にいないと思っているのなら、それは間違いだ。
性犯罪者は、逮捕さえされていない者があまりに多い。
逮捕されてもあまりに刑は軽い。執行猶予が当たり前、実刑でもほんの数年。
一人の被害者の後ろには、何十人何百人もの被害者がいる。

加害者は、犯罪者という認識さえない、世の中はちょろい、としか思っていない。
全能感に浸りたいがため、嗜虐欲、支配欲、征服感を満たすため、という歪んだ思考で行う、きわめて理性的な犯罪だ。


自衛などで防げるわけがない。
考えられる限りの自衛は誰だってしている。


※こちらは、管理人と友好関係にある方、性暴力に理解のある方に限定させていただいています。
 別館にも同じ記事をあげています。http://d.hatena.ne.jp/manysided/20091221/1261423793


スポンサーサイト

抜き書き ― 「願い」

   願い


いっしょにふるえて下さい
私が熱でふるえているとき
私の熱を数字に変えたりしないで
私の汗びっしょりの肌に
あなたのひんやりと乾いた肌を下さい


分かろうとしないで下さい
私がうわごとを言いつづけるとき
意味なんか探さないで
夜っぴて私のそばにいて下さい
たとえ私があなたを突きとばしても


私の痛みは私だけのもの
あなたにわけてあげることはできません
全世界が一本の鋭い錐でしかないとき
せめて目をつむり耐えて下さい
あなたも私の敵であるということに


あなたをまるごと私に下さい
頭だけではいやです心だけでも
あなたの背中に私を負って
手さぐりでさまよってほしいのです
よみのくにの泉のほとりを


「シャガールと木の葉」谷川俊太郎 p70 より

男性サバイバーからのメッセージ

男性性被害者の、HEART様からメッセージを頂きました。
ご本人の許可をいただき、こちらに掲載させていただきます。

男性性被害は、実はとても身近なものです。女性だけが性被害にあうわけではありません。
性犯罪の被害者として認識されている女性も、依然として根強い世間の無理解と偏見により、
被害を受けた後も、二次被害、三次被害と苦しむことになります。
男性は被害者として認識されてさえいません。
日本では、強かん罪は、男性には適用されないのです。
そのため、女性以上に、様々な偏見があります。
理解してもらうには、とても高いハードルがいくつもあります。

女性の性被害も「そんなに多いはずはない」と言う声をあちこちで聞きます。
ですが、そういう人に、あまりに辛すぎる思いを、誰が打ち明けようと思うでしょうか。
黙って横にいるだけです。サバイバーはとても敏感です。
実態を知らない、もしくは知りたくない、という思いは一瞬で見抜きます。
嘘だと断罪されかねない、信じてもらえないかもしれないという強い不安と恐怖を覚えながら、
悲しい経験を語るのはとてもエネルギーがいることなのです。
とても多いという事実を知っていて、なお、知ろう、理解しよう、という姿勢を持ってくれている人にさえも、簡単には話せないのです。
恐る恐る様子を見ながら、探りながらしか、話せないのです。
口にするのもつらい事実を、簡単に話せるはずがない。孤独に抱え込みます。
たとえ話したいと思っても、あまりに苦しくて、つらすぎて、口にできないのです。


女性性被害はあるとされています。ですが少ないとされています。
男性性被害はまるで存在しないかのように扱われています。
そうではありません。ないのではない。
被害をないものとし、さらには被害者を不当に貶める世間が、結果的には覆い隠してしまっているのです。


また、性犯罪被害での二次被害とは「女らしさ」「男らしさ」の押し付けでしかありません。
参考:二次加害をするのはこんな人

こういった、社会が押し付ける勝手なイメージの抑圧がどれだけ苦しいものでしょうか。
理不尽な悲しい経験をすると、その意味を問わずにはいられない。
自分のされたことの意味を探してしまう。答えのない答えを求めてしまう。
いきばのない怒りと悲しみを抱え、自分を傷つける自傷的、自虐的な行為をしてしまったり、人やものへと怒りをぶつけてしまいそうになったりすることもあります。私も経験があります。
自尊心が破壊され、自分を大切と思えなくなるのです。自分のされたことの意味を求めてしまう、確かめたいとさえ思ってしまう。そうすれば何かが変わるのではないかと思ってしまう。
被害に遭うことで、失ってしまうものははかりしれません。
被害はそのときの一瞬だけではなく、ずっと、人生を奪い続けます。
もちろん、回復は可能ですが、とても困難な道のりです。社会の理解が回復への大きな助けとなります。


以上のことをじゅうぶん踏まえた上で、お読み下さい。
なお、こちらのメッセージは、曽野綾子氏のコラムから発生した論争の前に書かれたものであり、論争に対する批判ではありませんので、ご承知おきください。

また、被害に遭われた方は、フラッシュバックにご注意ください。被害経験と、加害思想についても触れられています。

※こちらは被害に遭われた方、性暴力に理解のある方、管理人と友好関係にある方に限定させていただいています。
 それ以外の方は、同じ記事を別館にもあげていますので、そちらにお願いいたします。
 別館の記事はこちら → http://d.hatena.ne.jp/manysided/20091217/1260987389
 

続きを読む

日本の性犯罪はあまりに多く、ただ隠蔽されているだけです。

「日本は性犯罪が少ない」と思われている方々へ。
少ないどころか、あまりに多く、そして隠されていることを、どうか知ってください。

性犯罪が少ない、という根拠として、警察の認知件数を見ていらっしゃることと思います。

ですが、警察は基本的に「強姦神話」とおりのものしか事件として扱いません。
つまり、見知らぬ人による、夜道や自宅侵入、というケースです。
対して、相談機関に寄せられる相談(つまり安心して相談できるところ)では、7割から9割が顔見知りによる犯行です。

内閣府の調査結果がこれを反映しています。他国の事情と何ら変わりはないです。
ですがこれは女性への暴力に関する調査ですので、調査対象に男性が含まれていません。

H18年
http://www.gender.go.jp/dv/pdf060424/h18report2-5.pdf

H21年
http://www.gender.go.jp/e-vaw/chousa/images/pdf/h21report2-5.pdf



法定義が、他国と全くというほど違います。
なので、性犯罪という括りに該当するものが、少なくなるのです。
男性性被害を前提としていない。
夫婦間レイプを犯罪と認めていないこと。
この二つで大きく差がつきます。

さらに、日本は性暴力対策の専門機関が、先進国の中で唯一ないのです。
欧米のみならず台湾にも韓国にもあります。
日本には、性暴力に遭っても、安心して駆け込める場所はありません。
狭い法定義の中でも、本来、性犯罪とされるケースであっても、警察に行くことができない被害者が殆どです。
警察に行ったとしても、直後でなければ受理されません。
さらに、事件としてさえ見なされないケースがあまりに多いです。
正直、警察に行くことはすすめられない現状です。
民間の相談機関もそういった回答をすることが多いです。


よって、警察の認知件数は、ほんの一握りのものしか把握できていません。


警察も検察も司法も、「正義の味方」じゃないという現状  2で、
詳細を説明しています。


その他、警察や検察の実態については、下記の関連記事を見てください。
警察も検察も司法も、「正義の味方」じゃないという現状  1
防犯を呼びかけるのが警察の仕事なのだろうか



以下は、別館のコメント欄にて、まい様から教えていただいた資料です。
・ドイツと日本の性的被害発生率の比較研究(ほとんど差がない)
 http://anond.hatelabo.jp/20091109125439

・内閣府の調査ではレイプされたことがある女性の割合は7.3%もあるけどそのうち警察に相談したのはたったの4.1%(暗数が96%)
 http://www.gender.go.jp/e-vaw/chousa/images/pdf/h21report2-5.pdf

・国によって暗数が違う(米国でのレイプの暗数は60%)
 http://www.rainn.org/get-information/statistics/reporting-rates



日本が性犯罪が少ないというのは、大間違いです。
少ないどころか、世界一、性犯罪を隠蔽している国、というのが正確な表現と言えるでしょう。



別館にも同じ記事をあげておきます。http://d.hatena.ne.jp/manysided/20091214/1260819107

哲学的疑問に陥る

スカート男子とか、メンズブラとかあれこれ見聞きして。
(いえ、メンズブラに関してはネタ記事なんだけど、でも最近存在しますよね)


なんでブラをしないといけないのだ?と、ものすごく根本的な疑問がわいてきてしまった。
「乳首を見せるとみっともないから」「透けるから」というのを信じこまされてきたけど、本当かなあ。
「動きにくい」のは本当だと思うけど。


激しいスポーツしてたときは、ブラ必須だったけど、そうじゃない今は、ブラしたくない。
胸大きい男の人は、痛くないのかなあ…。と素朴な疑問。
訊いてみたいけど、「胸大きいですよね、ブラとかしないんですか?」とか訊けないし。あほかと思われる。
「痛いでしょう」なんてお節介すぎだし。こっちが変態と思われる。


ブラきらい。
体締め付けたくない。っていうと、サイズがあってないのよ、って言われそうだけど、
いやあれは構造的に拘束されていると思う。
「合うサイズ」とやらにすると、やたら寄せてあげられてしまって迷惑なので、もう最近はわざとぶかぶかのを着たりする。別に垂れていいもん。


いや別に、男の人もメンズブラしろとかは全然思わないんだけど
(したい人はすればいいのでは…でも変な人がしそうだなぁという偏見を持ってしまうんだけど…気のせいでしょうか 汗)、
なんとなくひっかかってしまった。


でも、重ね着とかでは落ち着かないので、やっぱりブラをして出かけるのでした。

ちゃんちゃん。



いちおう別館にも同じ記事をあげておこうと思います。http://d.hatena.ne.jp/manysided/20091213

管理人と友好関係にある方、性暴力に理解のある方、以外は別館へお願いします。

スカートの話

■akira's room■
ミニスカ論争から、ちょっと外れるけど

■Gazing at the Celestial Blue■
スカートの履き方

お二人のエントリ、コメント、ブックマークコメントなどを読ませていただいて。
自分との違いに軽くショックを受けたり、同じだーと思ったり。
でも、結局は、根っこは共通しているのだな、ジェンダーめ、としみじみ思ったり。
スカートにまつわる皆さまの経験や考え方を知り、私もいろいろな思いが駆け巡りました。


育った環境や、単なる好み(着心地、見た目など)、体型その他の事情で、違ってくるのだろうけれど。
なかなかどうして、掘り下げていくと根の深い問題で。
収拾がつかなくなってきたので、私のことを、メモ書き程度に書いていこうと思う。
へえーくらいに読んでいただけるとありがたいです。


<小学校>
・制服だった。幼稚園も制服だったせいか、スカート自体に何の疑問も持っていなかった。
・むしろ、男の子の方が短パンで冬は寒そうだった。まだ膝近くまで布がある女の子の方がましだったかも。
・冬はいつも風邪をずっとひいていたのだけれど、私服だったら事情は違っていたのかもしれない、と今ふと思った。
・特権?と言えるほどのものかどうかわからないが、鉄棒にスカートを巻きつけて、くるくる勢い良く回った記憶がある。そのくらいだと思う(笑)
・男女同じ部屋で着替えさせられていたので、スカートは着替えるのに便利だった。というか必須だった。
・体操服はブルマーだった。持って行くのが面倒だし、休み時間などに走り回って見えてもいいように(?)毎日スカートの下にブルマー着用が当たり前だったような気がする。


<中学校>
・制服だった。
・小学校と違い、冬はタイツなど履いてもよかったので、少し改善された、とむしろ思った。
・小学校と違い、男の子は「短パン」から「長ズボン」になり、寒さ対策の点では羨ましかった。でも夏は男の子の方が暑そうだったのでかわいそうだった。おたがいさまくらいに思っていた。

・スカート丈は、特に何も気にしていなかった。姉のお下がりをそのまま着ていた。膝下くらい。
・スカート丈含め、目立ったことをすると怖い女の先輩から呼び出しがくると言われていた。真偽のほどは知らない。

・小学校と違い、体育のある授業のときだけ体操服が必要だったので、スカートの下にブルマーということはなくなった。
・体操服も、ブルマーではなかった。ジャージだったと思う。

・私服で、ジーンズを買ってもらったことがあるが、なんだかものすごく固くて体が締め付けられて動きづらかった。あまり好きじゃなかった。



<高校>
・同じく制服だった。
・中学と同様、タイツやソックスは寒さにあわせて履いていた。寒がりなので。

・スカート丈は、姉のお下がりをそのまま着ていた。だいたい膝下。ただし姉の気まぐれ注文のため、長すぎるものもあったが、お腹のところで巻くと気持ち悪くなるのであまりしなかった。そのまま。巻くと気持ち悪くなるとわかり、短くしようという気もさらさらなかった。
・周囲は中学と比べて、スカート丈に情熱を燃やしている人が多かったように思う。何重にも巻いてベルトで固定するおしゃれさんの意気込みをすごいなあ、と遠目に見ていた、ような気がする。


・中学と同じく、体操服は、ジャージ。

・部活をしていたので、ユニフォームがあった。
 丈?的には、ブルマーを少し長くしたくらいの太もも丸出し状態なので、最初はものすごく抵抗があった。でもそんなことを考える余裕など吹っ飛ぶくらい厳しかった。中学と同じく、色気ゼロの日々。
・バス通学で、家のすぐ近くにバス停があった。
・すぐ家に帰って家事をしないといけなかったので、寄り道をする時間がなかった。学校と家が近かったこともあり、制服で出歩く機会は他の生徒に比べて極端に少なかったと思う。
・制服のときは変な男の人によく声をかけられる、ということを言っている友人がいたけど、私はかわいくないから大丈夫、と思っていたような気がする。でもほんの数回、にたにたする男の人に会ったような気がするが、気のせいかもしれない、と思う。よくわからない。

・私服では、柔らかいジーンズ?なるものを入手する。わりと着た。けど、歩いているうちに落ちてきて、裾を踏むのが嫌だった。


<その後>
・自由な時間とお金が手に入り、おしゃれを楽しむことを覚える。
・好きな格好をした。かわいいなあ、かっこいいなあと思うものを買った。
・ふだんはスカートが多かった。親元にいたときの強制労働を思い出すので、必要最小限にしかパンツスタイルは着なくなった。なんだか落ち着かないので。
・「派手になった」だのどうのこうの、うるさいので、実家に帰るときは、わざと変な(今も「ダサい」って言うのかな?)格好をして帰っていた。
・小さい頃、「女の子」らしい格好をさせてもらえなかった反動か、私にとっては「スカート」が自由の象徴だったような気がする。いわゆる「フェミニン」な格好が好き。今も。

・ハイヒールが好き。気持ちがしゃきっとする。スタイルが良く見えて嬉しい。
 あまり歩かなくていいのなら毎日ハイヒール履きたい。ピンヒールは何度もこけたので苦手だけど。

・立ち仕事のときは、当然ながらハイヒールは無理なので、ローヒール。
・仕事の内容に応じて、パンツスーツか、スカートかを決めていた。流行にもよるのだけれど、体型的に、着れるパンツスーツがあまりないので、メーカーが限られていた。老上司にパンツスーツが体にフィットしすぎとか指摘されてキレそうになったことがある。文句はアパレルに言ってくれ、と心底思った。動き回らないといけないのに、ただ座ってるだけの老上司にスカートを強要され、思わず暴れたくなったこともある。




…ってところでしょうか。
なんとなく独白したくなりました。読んでくださってありがとうございます。


本当は、幼い頃に「女の子」らしい格好をしたいのにできなかったこと、その影響と思われること、を中心に書きたかったのだけれど、それはまたいつか。(結構きついとわかった ^^;)



たかが服装、じゃないんですよね。

つくづく、本人のいいと思うもの、嫌と思うもの、を、
「男らしさ」「女らしさ」の押し付けで、否定しないであげてほしい、と思います。
akira様、周囲の方の、お嬢様への対応に、心から、敬意を。


全く逆パターンですが、自分らしさ、がわからなくなり、取り戻すのに時間がかかってしまうことがあります。
私のように。…って、詳しく書かないで申し訳ないですが。


好きなものを着るのが一番大切だと思います。
もっと、個性を尊重できる世の中になればいいな、と、心から思います。



二次加害をするのはこんな人

さんざんと二次被害三次被害にあった者としては、考えざるを得なかったこと。
「どうしてそういうことを言うのだろう」
「どうしてそういう態度をするのだろう」と。

(ひどいPTSDなどさまざまな身体的精神的症状で悩まされている上に、
 自責感と罪悪感でいっぱいで苦しくて辛くてたまらなかったのだが、
 それにおいうちをかけるのが、二次加害三次加害をする人たちの心無い言動だった。)


結局、人は差別したがる生き物なのだ、と当時の私は悲しい結論を出した。
異質なものを排除したがるのだ、と。

理由を無理にでも探し出し、レッテルを貼ることで、「あの人はこうこうだからこうなった」とする。
そしてその裏には「自分は大丈夫」と安心したい気持ちが大きく潜んでいるのだろう。

弱っているときには、その弱っている状態をすら理由にされることもある。
だが、ダメージを受けると弱った状態になるのは当たり前のことではないだろうか。

逆に、二次加害をしない人というのは、
いまは一時的に弱っているだけで、自分と対等の存在なのだ、強さも尊厳も持っている一人の人間なのだ、
ということを思っている人だ。
そういう人は、多様な価値観を認められる人でもあると思う。
これは経験から強く言えることだ。

では、以前とりあげさせてもらった本から、そのあたりについて抜粋させていただこう。
ぜひ、多くの人に知ってもらいたいと思っている。



二次被害にあったらどうしたらいいの? ― ランキングをはずして楽になろう

 世の中には見えないランキングシステムがあります。これを取り入れている“ランキングさん”は自分がランキングでどの辺に位置しているかが気になります。実際にランキング表があるわけではなく、とてもわかりにくいものです。ランキングさんは他者の状態と自分の状態を比較することによって、自分のランキングを定めようとします。自分の価値観で生きているというよりランキングシステムにとらわれているような状態です。 ランキングシステムを取り入れていない人は他者と自分を比較して一喜一憂することはありません。ランキングではなく、違いとしてとらえるからです。どちらが上か下かではなく、こんな人もいればあんな人もいる、といったように考えるのです。相手の価値観も自分の価値観も大切にできる生き方です


二次被害から自分を守る

 ランキングにこだわっている人に自分の経験したDVやトラウマについて話をすると、ランキングのネタにされることがあります。それは「シンパシー(同情)」という形で表されます。
これとは別に、「シンパシー」に似ていますが全く違う「エンパシー(共感)」もあります。このふたつを比べてみましょう。


(※引用者註
 本書には、「シンパシーさん」が、当事者の方が座っている椅子よりも、
 ずっと高い椅子の上から見下ろしている話している様子のイラストが描いてあります。
 対して、「エンパシーさん」は、当事者の方と同じ椅子の高さで、同じ目線で話しているイラストです。)




    シンパシー(同情)              エンパシー(共感)


・☆さんを「不幸」とひとくくりにする事で   ・大切なひとりの人がいま困っている 
「不幸」を自分の日常から切り離す         と考える

・☆さんを上から見る              ・☆さんと同じ目線で考える

・☆さんを「不幸」と感じる事で、        ・被害=不幸との発想にならない
 自分が不幸でないと安心できる
   
・☆さんとは上下関係が形成され       ・☆さんとはフラットな関係になり 
 ☆さんには自分の不幸を恥じる        信頼関係がうまれる 
 気持ちがうまれる(二次加害)




 つまりシンパシーを感じる“ランキングさん”は、相手を不幸と認定することで自分のランキングがその人よりも上であると思うのです。その多くは無意識に行われ、“ランキングさん”はよいことをしている気分になっているかもしれません。「かわいそうに・・・何かわたしにできることがあったら言ってね」とやさしい言葉をかけたりします。「あんなにやさしい人なのに、なんでいつも会ったあとは気分が落ち込むのかしら」と混乱するかもしれません。

一方、エンパシーを感じる人は、一人の大切な人が困っていると考えます。相手を下にみることはありません。

            「傷ついたあなたへ わたしがわたしを大切にするということ」p78~80より
                                         (強調は引用者)



「自分とは違う」ということで差別するというのは、つまり、ここに書いてあるように、
「自分は上」「相手は下」と、位置づけを決めたがることだ。
これが「ランキング思考」という言葉で表されている。

そして、性に関することは、特にジェンダーギャップが激しい。
性暴力は、性差別と密接すぎるほど密接に絡み合っている。
なのでひどい二次加害が相次ぐ。警察でも。司法の場においても。

そして、二次加害だということさえ、わからない人が多い。
それだけ、性差別をまるで空気のように当たり前のように存在するものとしている社会なのだ。
ジェンダーは刷り込まれる。もちろん私も例外ではない。


ランキングとは、すなわち、社会から押し付けられる「男らしさ」「女らしさ」によって決定付けられる。
そのことを上手に表現されているのが、次のブログ。



■性別役割ではなく、人として強くやさしく■
すべてを肯定する「ありのまま」(no.237)

「ありのまま」という言葉を、最近よく見聞きします。「自分らしさ」という言葉に続いて、講座のタイトルにもよく使われるようになりました。にもかかわらず、「『ありのまま』の自分というものがわかりません」という、質問を受けることがよくあります。もしかしたら、上のような表現が混乱のもとになっているのかもしれません。この表現では、焦ることは「ありのまま」の状態ではないという意味にもなり、焦る自分を否定するニュアンスになってしまいます。

 誤解なく「ありのまま」を伝えるために、表現を変えてみました。

*あせっても のんびりしても ありのまま*

 講座では悩んでいるという状態が、悩みになっている人にもよく出会います。以前、フェミニストカウンセラーの和田洋子さんの電話相談員になるための講座の中で、辛いことに目をそらさずに悩むということは「力」であると学びました。大事なことは悩みぬくこと、そのことに寄り添うことだと話されました。
 焦るときも、悩めるときも、頑張り過ぎるときも、いかなる状態であってもそれが自分の「ありのまま」だということです。
「ありのまま」に目をそむけずに受け入れ、誰のせいにもせず、主体的に自己を受け入れることによって人生を自分の手に取り戻す。
そうすれば、おのずと道は開けていく。自分の存在意義を信じぬく強さと、他者の存在意義を信じぬくやさしさ、その力が人権やエンパワメントという概念とつながっているのだと思います

 画一化された社会的な性のありようとしてのジェンダーは、「男の価値は○○」「女の価値は○○」といった性別による価値付けそのものです。価値を競うわけですから、勝ち負けといった格差を生み出します。個の「ありのまま」の否定は、時として自尊感情に大きな影響を与えます。自尊感情が育たなくなるだけでなく、それが負け組という社会評価になるわけですから、さらに追い込まれ存在意義を見失い、世の中への恨みを抱えることによって犯罪の加害者になることだってあるのです。

 一人ひとりの「ありのまま」が認められるということは、多様性が認められ、負け組をつくらないということです。
他者の幸せを踏みにじらない限り、一人ひとりの自己決定が尊重されるということです。

 一人ひとりが大切にされ、活かされる国であってほしいと思います。(略)



二次加害を受けると全ての人が、犯罪の加害者になることもある、ということではないので、誤読されないことを願います。
それほど社会から追いつめられ孤独を深める、辛い状態になるのだ、という意味ではないでしょうか。


<参考>
■東京強姦救援センター■
センターニュースNO47「女役割にごまかされない 」

センターニュースNO48 加害者の責任

センターニュースNO49 加害者の責任(2)

センターニュースNO62 被害をなくすためにできること  

センターニュースNO63 被害を理解するために



最後に。
■フランチェス子の日記■
実録・セカンドレイプ/性犯罪が起こる要因
など、数々の勇気づけられるエントリを書かれたフランチェス子様に、心からの敬意を。
一連のやりとりで、さまざまなことがわかりましたし、なにより励まされました。



別館にも同じ内容の記事をあげます。http://d.hatena.ne.jp/manysided/20091209
性暴力に理解がある方はこちらでどうぞ。


そんなにミニスカへの欲情が抑えられないなら

いっそ、ミニスカポリスを本当につくればいいと思うよ!(やけくそ)


夜にミニスカートの女性が歩いてたら、
電灯に吸い寄せられる蛾のように、しゅしゅしゅーーーって吸い寄せられるんでしょ?
抑えられない欲情(劣情って言うんだったっけ、司法用語)でもって、襲い掛かるんでしょ?


逮捕しちゃうぞ、って言ってくれるかもよ。(なんか昔はやった気がする)


でも本当に即、逮捕されるのわかってるなら、やらないわけでしょ?
つまり抑えられないんじゃなくって、抑えたくないだけじゃん。


……熊さん蛾さん、一緒にしちゃってごめんなさい。



だいたい、「性欲は抑えられない」んじゃなくって、「抑えたくない」だけで、

「ボクちゃんを刺激する相手(この場合、女性)が悪いんだもん」っていうのが、
おこちゃまでワガママな責任転嫁なわけだよ。


本当に「抑えられない」のなら、
あちこちでマスターベーションしてるはずじゃん。(ある方のコメントをお借りしました)


んなもの、見たことないぞ。つまりコントロールできてるじゃん。

だからつまり、問題は性欲ではない、っていうこと。


私は何度かこう書いた。

性犯罪は、性欲が原因ではありません。
支配したい、征服したいという歪んだ考えで、
性を使った暴力により被害女性に最大限の屈辱を味あわせ、優越感に浸るのが目的です。
性欲は手段にすぎません。



このことを鋭く書かれてあるのが次のエントリ。

http://anond.hatelabo.jp/20091202200959


実はそういう人たちがムラムラしている時に刺激されているのは性欲じゃなくて嗜虐欲だからだ。目をつけた弱いもの相手に暴力をふるいたいと思うから殴っているだけなのだ。

そして性欲と嗜虐欲があまりにも深く関連付けされ過ぎていて本人に区別がつかなくなっているのだろうと思う。

更に嗜虐欲は発散してはまずいけど性欲なら三大欲求のひとつなんだから諌められる謂れはないと思っているため、あんなにも堂々と「ムラムラさせられたら襲われても仕方がないだろ。ムラムラさせるのが悪い」などと言えるのだろう。


そういうことを考えている人は、自分が満たしたいと思っているのが性欲ではなく嗜虐欲であるということに気づいて欲しい。

そして、世の中は性欲と嗜虐欲が結びついている人の方が少ないか、それが結びついていることに自覚的で故に嗜虐欲の部分については(通常の暴力衝動は他人に向けないように自制するのが当たり前なのと同様)自制的であることを当たり前とする人が大半であることを知って欲しい。




全くもって。
自衛をよびかけるより、自制を考えろ、って話です。


性欲のせいにしてたって何の解決にもならない。
性欲は全ての人があるけど、全ての人が性犯罪するわけじゃない。


自分の身勝手さと歪んだ思考回路に真剣にむきあってほしい。
性差別意識に向き合ってほしい。





フランチェス子様も同じことを仰っている。

■フランチェス子の日記■
要約

↓フランチェス子様に絡む、とんでもないケモノが登場するのでフラッシュバック注意です。私も本気で具合が悪くなった…。
性を盗むのはなにが悪いんでしょうね、どうすれば理性を保てるでしょう、と、わたし(性を盗まれた者)に聞くことの意味をかんがえてくれ

性犯罪を容認する発言を許す産経新聞へ抗議しましょう

11/25 水曜日、産経新聞の「オピニオン」という記事で、曽野綾子氏がとんでもないことを発言しています。
文章全体が、あまりに非論理的で、つっこみどころが満載なのですが、
曽野綾子氏、ノック事件から10年、全く認識が変わっていないようです。

ノック事件のときは、被害者の女性が
「すぐにその場で」「キャーッと大声で」「叫ばなかった」ことを平然と非難し中傷していました。
共感能力もなく、そういった経験のない女性にはわからないのでしょう。
実際には声も出ないほど驚愕し恐怖を感じるということが。

この記事、読めば読むほど、非論理的です。
一瞬、認知症の前兆なのだろうかと本気で考えたくらいです。


問題の記事はこちら→http://livedoor.blogimg.jp/teranews/imgs/f/2/f20c16eb.jpg

産経新聞 オピニオン 「用心するということ」

曽野綾子の透明な歳月の光

  外出時間やスカート丈・・・結果に責任


 警察が、夜11時以降の公園の立ち入りを禁止するという条例を作ろうとしたら、それは「憲法に違反する」と若者からの突き上げがあった、という。
 
 警察は「憲法に違反しません」と言う。警察がこういう防止策を講じようとしたのは、もちろん最近残酷な犯罪が起きているからだろう。

 もちろん決定的に悪いのは犯人だが、被害者の遺族の気持ちを考慮せずに言えば、最近の日本人は、用心するということをしない。大学生がアルバイト先から、暗くて自分でも気味が悪いと思うような夜道を歩いて帰る、ということが本来は常識外なのである。

 アラブの保守的な国なら、娘たちは、毎朝父か兄かに送り迎えをされて登校する。1人で外出したり、外国へ旅行したりすることは、考えられない。欧米の国でも夜道を1人で女性が歩いたりすることは非常識な行動だと、なぜ日本では教えないのだろう。

 今でも忘れられないのは、いわゆる「基地の町」の駐車場で、夜半過ぎに1人で歩いていた女性が米兵に襲われて殺された事件である。

 もちろん襲った米兵が悪いのだが、午前1時過ぎに基地の近くを1人で出歩く女性は、性的商売をしていると思われても仕方がない。それは日本以外のほとんどどこの国でも示される反応だ。

 基本的な行動の自由と、自衛の手段を講ずることとは、全く別の次元である。というか、行動の自由を口にするなら、十分すぎるほどの用心や、世界的常識を学ぶことができなくてはならない。

 ヨーロッパ在住の日本人が驚いているのは、日本の女子校が、どうして制服にあんな短いスカート丈を許すのか、ということである。あれでは男たちに手を出してください、といわんばかりですね、と彼らは言う。

 先日パリのデパートをのぞいたら、果たして最新ファッションが並んでいた。しかし町行く人たちは、保守的で質素な服装ばかりで、私はすこしがっかりしたのだが、
 「午前中から最新ファッションの人なんかで歩きません。そういう人は夜遅くです」
 「ほんとうに最新流行を着こなすお金持ち階級は、車に乗って移動するんです」
という2つの返事で納得させられたのである。

 太ももの線丸出しの服を着て性犯罪に遭ったと言うのは、女性の側にも責任がある、と言うべきだろう。なぜならその服装は、結果を期待しているからだ。性犯罪は、男性の暴力によるものが断然多いが、「男女同責任だ」と言えるケースがあると認めるのも、ほんとうの男女同権だ。

 親の庇護の下、学校の責任下にある間は、両者とも外出時間やスカートの長さに口を出し、常識を教えて当然だ。それが嫌なら、経済的に自立した上で、どんな結果も覚悟のうえでしなさい、と私なら言いそうである。



突っ込みどころは沢山ありますが、

曽野綾子氏の主張は、女性の社会生活を限りなく制限しろと言っているようなものです。
父や兄に迎えに来てもらうことを推奨していますが、一人暮らしの場合はどうなるのか。
父や兄がいない家庭は?とはてしなく疑問がわきます。

また、“太ももの線丸出しの服”に対して異常な憎悪を感じますが、
どういう服装をしようと、襲ってくれなんて誰も頼んでいないのです。
レイプファンタジーを持っている女性は一部ですし、そういう女性も、実際に襲われることは望んでいないのです。


どういう人であっても、犯罪に遭っていい人なんていません。
暴力でしかないのです。
性暴力を、あって当たり前とするのは、間接的に容認していることになります。
加害行為である暴力をなくすよう働きかけるべきです。
被害者は全く悪くありません。
悪いのは、加害者です。


何より、性犯罪は、性欲が原因ではありません。
支配したい、征服したいという歪んだ考えで、
性を使った暴力により被害女性に最大限の屈辱を味あわせ、優越感に浸るのが目的です。
性欲は手段にすぎません。

実際に、受刑中の性犯罪者を対象に行なった調査では、
「きれいだから」「挑発的だから」という理由ではなく、
「おとなしそうだから」「弱そうだから」「人に言わなさそうだから」が圧倒的です。


さらに、夜道の一人歩きの女性への見知らぬ男性による犯罪のみをレイプと捉えているようですが、
実際には、加害者は、7割から9割が、見知っている人によるものです。
それをどのようにして防げというのか。
あまりに無責任です。

また、子どもが被害に遭うのは、圧倒的に実父、継父が加害者の場合が多いのです。
次に兄弟、親戚、教師や近所の人、となります。「父や兄」が安全な人ではないのです。
家庭こそ危険な場所という認識を持つ必要があります。
(これはまた別エントリで書きます)


この記事を書いた曽野綾子氏、そしてそれを掲載した産経新聞は、
勉強不足、認識違いとしか言いようがありません。

早速、抗議しました。


http://sankei.jp/inquiry.html#Articlesによると
記事に対する要望感想等のメールは以下のアドレスです。
u-service@sankei.co.jp

抗議していただける方、ご協力をお願いいたします。


別館にも同じ内容の記事をあげます。http://d.hatena.ne.jp/manysided/20091129
性暴力に理解がある、という自信のある方以外は別館へお願いいたします。


<11/30追記>

以下にブログに別館からトラックバック送りました。
事実を知ってほしかっただけで、抗議してくださいという意味ではありませんので、ご安心を。

◆フランチェス子の日記
強姦するのが男の性なら去勢するのが自己責任でしょ
(id:KoshianXの)性欲をかき立てる格好をした女は街から排除する必要があるらしい
親が子にできることは
あらゆる人間が欲望の対象になりえる
おとなしそうな格好だろうが扇情的な格好だろうが関係ない

◆火星人blog  懐古主義との抱き合わせ販売は止めて欲しいですな

◆DDC blog 産経の「結果に責任を」記事

◆WebLab.ota 重み付けと自己責任

◆なにがしの日和見雑感 ああ


※12/2~付記 反応が増えてきました(順次、追加予定)

◆シートン俗物記◆
男は夜道で刺されても当然
男は性犯罪を防ぐために外出制限されて当然

◆キリンが逆立ちしたピアス◆
ミニスカ論争

◆Non-Fiction(Remix Version)◆
慎ましくすれば被害に遭わない? 馬鹿言ってんじゃないよ

◆factory◆
真面目な話

◆経済学101◆
ミニスカートが悪いのか


◆12/3過ぎ去ろうとしない過去◆
「男はケモノ」が「女性の自衛」と結びついていること自体が差別


◆12/3みやきち日記◆
ミニスカートが作られた目的は、誘惑じゃなくて税金対策


◆隠フェミニスト記(仮)◆
【曽野綾子】ミニスカ論争~被害者語り【まとめ】

◆はてな匿名ダイアリー◆
http://anond.hatelabo.jp/20091203211034#←曽野綾子のコラムのパロディ


<あわせて読みたい素敵な記事>

◆Gazing at the Celestial Blue ◆
危険な動物は管理が必要です

◆村野瀬玲奈の秘書課広報室◆
強姦についての俗論を分析し、「強姦予防法」試案を小声で提唱してみる。 (追記5まであり)


<当ブログの関連過去記事>
何の“芽”を摘むのだ?
防犯を呼びかけるのが警察の仕事なのだろうか

Appendix

文字を大きく・小さく

    コメント・TBについて        

    ※ こちらは性暴力被害当事者、性暴力に理解のある方、管理人と友好関係にある方向けです。   
    ※ 上記に該当しない方は別館 へお願いいたします。
    ※ 被害者を傷つける内容、また理解しようという努力、対話する姿勢が感じられないコメントはお断りいたします。
    ※ この場の安全を守れないと判断したコメントは削除もしくは承認しません。節度のある言動をお願いいたします。

    ※ 引用する際には必ずTBをお願い致します。ただし性暴力被害者が傷つく可能性があるものは、承認しない場合があります。

    プロフィール

    てん

    Author:てん
    メール:

    (※★→@で送信可)
    itisnot_yourfault★yahoo.co.jp


    性被害にあって十数年たちます。
    刑事裁判経験者です。

    二次被害三次被害等、過酷な経験をし、性被害の後遺症もところどころありますが、それでも、わたしは生きています。今は、生きていてよかったと思います。

    だから、同じ被害にあったあなたたちに伝えたい。
    あなたは何も悪くない。どんな事情があったにしろ、あなたは悪くないのです。どんな特殊性があったにしろ、望みを捨てないでほしいのです。

    悪いのは加害者であり、無理解な社会です。あなたは、何も変わってなどいない。とても素敵なところをいっぱいもっている、素敵な人のままなのだから。


    最新記事

    カレンダー

    11 | 2009/12 | 01
    - - 1 2 3 4 5
    6 7 8 9 10 11 12
    13 14 15 16 17 18 19
    20 21 22 23 24 25 26
    27 28 29 30 31 - -





    記事一覧 

    2012年 08月 【5件】
    2011年 07月 【1件】
    2011年 04月 【1件】
    2011年 02月 【1件】
    2010年 11月 【1件】
    2010年 10月 【2件】
    2010年 08月 【2件】
    2010年 07月 【3件】
    2010年 06月 【1件】
    2010年 05月 【3件】
    2010年 04月 【1件】
    2010年 03月 【3件】
    2010年 02月 【3件】
    2010年 01月 【11件】
    2009年 12月 【9件】
    2009年 11月 【15件】
    2009年 10月 【8件】
    2009年 09月 【13件】
    2009年 08月 【11件】
    2009年 07月 【11件】
    2009年 06月 【9件】
    2009年 05月 【4件】



    ブログで世界旅行(世界遺産編)

    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード

    QRコード

    検索フォーム

    キャンペーン

    空色リボン・キャンペーン ※性虐待サバイバーのサイト「パーシーの花園」に解説文あり。クリックして一読を!

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。